夢幻と桜の都・朧
ーーー半ば強制的に車に乗せられ、走り続けること約二十分。
「何だ、此処・・・?」
車は、一面硝子張りの大きな建物の前で停車した。
ゆらゆらと美しい曲線を描く、硝子の波状の外壁が、陽光を反射してきらきらと輝きとても美しい。
また、建物の周囲にはよく手入れのされた緑地があり、ジョギングをしている人や、ベンチで読書をしている人、芝生の上にレジャーシートを敷いて少し遅いランチを摂っている人等も散見された。
「公園と、児童館、か・・・?いや、それにしちゃ立派過ぎる様な・・・」
バンから降り、きょろきょろと辺りを見回しながら光流がそう呟くと、後続のバンから降りた葉麗がそれを一蹴する。
「此処は国立新美術館ですよ。美術の時間等に習いませんでしたか?」
葉麗のその言葉に、美術は苦手で基本的には授業中に船を漕いでいることが多い光流は一瞬言葉に詰まるも
「あ、ああ、あそこな!そう言えばこの前習ったわ、うん」
と言葉を濁しながら返答する。
葉麗に続いて後続のバンから降りた華恵が、そんな光流にやや冷ややかな目線を送って来るが、光流は目を逸らし、気付いていないふりをした。
すると、一番最後にバンから降りた日之枝が、光流と華恵の肩を軽くポンと押し、早く前に進む様促して来る。
「お前達、今は緊急事態だ。こんな所で立ち止まるな」
光流は、衆人環境の為か日之枝の口調が、何時もの授業の時等の口調に戻っているのに気が付いたが、敢えて尋ねたり、突っ込むことはしない。
日之枝が如何やら人間・・・常人ではないということが分かった今、彼女が恐ろしいという気持ちはある。
だが、それ以上に、光流の脳裏では、あの校庭で倒れ伏し苦しむクラスメイト達の顔が焼き付いて離れないのだ。
大切な友人達を早く助けたい。
だからこそ、今は余計な事は言わず
「・・・分かりました」
短くそう告げると、日之枝や、先頭を歩く葉麗達に促されるまま、美術館の中に入る光流。
(一体、この先に誰がいるんだ・・・)
不安と期待という相反する二つの感情が光流の胸の中で交錯する。
そんな気持ちを抱いたまま、美術館に一歩足を踏み入れる光流。
「凄い・・・」
そこは、平日だというのに人が沢山訪れ、中には行列を作っているスペースもある、大変賑やかな場所だった。
恐らく、壁や天井に大々的に飾られた「大ルーブル美術館展」というポスターが示している様に、今開催されている展示会の人気というのが大きいのだろう。
確かに、館内で擦れ違う人々は皆、大ルーブル美術館展のパンフレットを大切そうに眺めたり、小脇に抱えたりしている。
(此処は、学園みたいに闇に包まれたりしてないんだな・・・?それにしても、美術館に来るなんて・・・。まさか、ヒノエンマ達の目的もこの展覧会とかじゃないだろうな・・・?)
見るからに大盛況な展覧会の様子に、光流はちらっとそんな事を思う。
しかし
「何をぼんやりしている。早く歩かんか」
すたすたと足早に展覧会会場を通り過ぎる日之枝の様子に
(まぁ、やっぱりそうだよなぁ)
と思い直す光流。
そうして、人で賑わうカフェや、魅力的な商品が沢山陳列されたミュージアムショップも通り過ぎ、日之枝や葉麗達に続いて歩くこと数分。
光流達は三階の一番端にある、3Aと書かれた常設展示室の前に立っていた。
「え・・・?展示室・・・?」
(まさかマジで何かの展示を見るつもりなのか・・・?)
そんな疑問を込めた眼差しで、光流は日之枝を見上げてみる。
と、日之枝も光流の視線に気付いたのか、彼を見下ろすとこともなげに言った。
「ああ、着いたぞ。此処だ」
「・・・はぁ・・・?」
日之枝の言葉に、思わず素っ頓狂な声が光流の口を衝いて出る。
(嘘だろ・・・本当に、展示会が目的なのか・・・?)
確かに先程、葉麗は皆を助ける為の手段と手駒を揃えに行くと言っていたのにーーー。
(・・・裏切られた・・・・・)
そんな、絶望感に近い気持ちが光流の胸の中を支配する。
けれど、日之枝はそんな・・・やや青ざめた光流の背を軽く、中に入るのを促す様にぽんと押した。
「わっ?!」
行きなり背中を押され、少々よろめく光流。
だが、そんな光流の様子等全く構うことなく、日之枝達は展示室の中に入っていく。
「来い、近藤。目的地は、この中だ」