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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙  作者: 名無し
第一章 真緋の怪談草紙の段
82/148

えらぶのは⑦

 楓は、誰よりもクラスメイトを、仲間をとても大切に思っているからあんなにも怒るし、激しく取り乱す。


苦しむ友人や知人達を置いて自分達だけが逃げるというのは、光流にとっても何とも辛く、気が重いもので・・・。


光流は、まるで胸の内に渦巻く罪悪感や、倒れ伏すクラスメイト達から目を逸らすかの様に、いつの間にか俯き、じっと地面ばかりを見つめていた。


すると、そんな光流の様子に気が付いたのか、隣を常人離れした身軽さで並走していた葉麗が、徐に口を開く。


「・・・情けない。捨てられた犬みたいな顔してますよ?」


彼女の発言を聞いた光流は、こいつは優しくなんかない、と胸中で呟いた。


しかし、葉麗はそんな光流の様子にも気付いていない様で、ただ言葉を続けていく。


「彼らをね、見捨てる訳じゃないんですよ。ただ、今の私達だけでは勝てない。絶対に。それ位、相手が悪いんです」


そう語りかける彼女を見上げてみる光流。


葉麗の、本来は涼しげな容貌が、今は悔しげに歪められ、唇はぎりりと噛み締められている。


それを見て光流は、前言を撤回した


葉麗は・・・光流は、あくまで昨夜の墓所での彼女や、普段のバイト先での姿しか知らないが、それでもーーー昨夜、コーデリアが斬り捨てられた時、一旦は一緒に死んだ筈の自分を蘇らせ、助けてくれたのは彼女なのではないか。


そんな、確信めいた予感があった。


それに、現に今だって、こうして光流達を助けに来てくれたではないか。


だからこそーーー。


(ああ・・・強がったり、冷たそうにしてるけど・・・結城は、ちょっと言い方がキツイだけで、良い奴だよな)


彼女のその姿に、光流はふとそんな事を考える。


一方、葉麗は光流や楓を安堵させる意味もあるのか、クラスメイトを置いて撤退した意図について、ぽつりぽつりと語り始めた。


「・・・勘違い、しないで下さいね?私達は彼らを諦めた訳でも、見捨てた訳でもありません。ただ、確実に勝ち、あの闇をーーー『悪神あくしん』を倒す為の手段と手駒を揃えにいくんです。・・・人に害為す偽神や、悪神は、全て私が・・・この手で、討ち取りますから」


そう呟いた葉麗の横顔に、何か強い決意の様な物を感じ取った光流は、ただ「ああ」とだけ応え、深く頷くと、それ以上余計な言葉を語らず、黙って、走る葉麗の顔を見つめていた。


まるで、彼女のその眼差しの奥に秘められた、強い決意の源を探し当てようとしているかの様に。


(・・・こいつも、きっと、コーデリアみたいに、昔なんかあったのかもしれないな)


取り留めもなくなり始めていた己の思考に、そう一旦区切りをつけると、光流は日之枝に抱えられたまま、亀の様に首を伸ばすと、徐々に遠くなっていく学園とクラスメイト達に目線を送った。


「あいつの言う通りだ・・・。直ぐに、助けてやるからな。だから、それまで待っててくれよ、皆」


必ず、戻って来るからなーーー。


決意も新たに、そう呟く光流。


偽神や悪神なんかに負けるものか、再度そう心に決めようとして、光流はふと我に返る。


「・・・そういや、悪神ってなんだ・・・?」


そう。偽神ならば分かる。


光流だって襲われた当事者なのだ。


だが、『悪神あくしん』とは一体何なのか。


光流には皆目見当もつかない。


唯一分かるとすれば、偽神の他に強い悪意を持った存在が、まだいるのかもしれないということだけだ。


そして、それが葉麗のいう『悪神あくしん』なのかもしれない、と。


「けど・・・本当にそうなのか?聞いてみないとな・・・」 


朝見た老人ーーー『偽神ぎしん』の様な存在が世の中にはまだ沢山居るのかもしれない、そう考えるだけでなんだか背筋が寒くなり、光流はぶるっと体を震わせる。


と、そんな光流の体が不意にふわりと持ち上げられた。


「えぁ?」


一体自身に何が起こったのか、慌ててきょろきょろと自分の周囲を見回してみる光流。


かかっている負荷や、今の体勢等から考えるに、如何なら、つい先程までは小脇に抱えられていたと思っていたが、今は仔犬の様に襟首を掴まれているらしい。


光流の首根っこを掴んだまま、走る日之枝。


彼女は小脇に楓を抱え、光流の襟首を引っ掴んだまま、閉まっている校門を軽やかに飛び越えると


「乗りなんし」


そのまま、校門の直ぐ目の前に止められていた、ドアを開け放した状態の大型のバンに光流を放り込む。


「ぅ、ぇ?!ぉわぁっ?!」


全く訳も分からぬままバンの中にぶち込まれ、目を白黒させる光流。


すると、そんな光流に向け、いつの間にか、何時ものスーツ姿に戻っていた日之枝が声をかける。


「ほら、もう一人乗るぞ。つめてやりなんし、近藤」


「へ?」


彼女がそう告げるや否や、光流の目の前に迫る楓の後頭部。


恐らく、彼女も日之枝にこのバンに有無も無く乗せられたのだろう。


と、同時に、ごんっという鈍い音がして、勢いよくぶつかり合う光流の額と、楓の頭。


「いってぇ!!」


「いったーい!ちょっと何すんのよ?!」


それぞれ、額や頭を擦りながら抗議の声を上げる光流と楓。


けれど、二人をバンに押し込んだ日之枝本人は先程までと至って変わらぬーーー平時と同じ、冷静・冷徹な声音で


「煩いぞ。そんな事より早くシートベルトをしめなんし。行きんすよ」


そう告げると同時に、颯爽と運転席に乗り込むと、車を急発進させた。


「きゃぁっ?!」


「うわぁ?!」


シートベルトをしめる間もなく、猛スピードでバンが急発進した為、かなりのGが光流と楓に襲い掛かる。


加えて、しっかりと各々の座席に着席していなかった為、団子状になって縺れ合う光流達。


光流はなんとか其処から抜け出し、着席するとシートベルトをしめ、遠ざかる学舎まなびやを車窓から見つめながらふと思った。


(・・・これって、テレビドラマでよく見る誘拐のシーンだよなぁ。助けてくれたとは言え、この人達について行って大丈夫なんだろうか・・・?いや、今はヒノエンマ達を信じよう。皆・・・必ず、戻って来るからな。・・・それにしても・・・僕達は、これから、何処に連れて行かれるんだろう?)


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