えらぶのは⑦
楓は、誰よりもクラスメイトを、仲間をとても大切に思っているからあんなにも怒るし、激しく取り乱す。
苦しむ友人や知人達を置いて自分達だけが逃げるというのは、光流にとっても何とも辛く、気が重いもので・・・。
光流は、まるで胸の内に渦巻く罪悪感や、倒れ伏すクラスメイト達から目を逸らすかの様に、いつの間にか俯き、じっと地面ばかりを見つめていた。
すると、そんな光流の様子に気が付いたのか、隣を常人離れした身軽さで並走していた葉麗が、徐に口を開く。
「・・・情けない。捨てられた犬みたいな顔してますよ?」
彼女の発言を聞いた光流は、こいつは優しくなんかない、と胸中で呟いた。
しかし、葉麗はそんな光流の様子にも気付いていない様で、ただ言葉を続けていく。
「彼らをね、見捨てる訳じゃないんですよ。ただ、今の私達だけでは勝てない。絶対に。それ位、相手が悪いんです」
そう語りかける彼女を見上げてみる光流。
葉麗の、本来は涼しげな容貌が、今は悔しげに歪められ、唇はぎりりと噛み締められている。
それを見て光流は、前言を撤回した
葉麗は・・・光流は、あくまで昨夜の墓所での彼女や、普段のバイト先での姿しか知らないが、それでもーーー昨夜、コーデリアが斬り捨てられた時、一旦は一緒に死んだ筈の自分を蘇らせ、助けてくれたのは彼女なのではないか。
そんな、確信めいた予感があった。
それに、現に今だって、こうして光流達を助けに来てくれたではないか。
だからこそーーー。
(ああ・・・強がったり、冷たそうにしてるけど・・・結城は、ちょっと言い方がキツイだけで、良い奴だよな)
彼女のその姿に、光流はふとそんな事を考える。
一方、葉麗は光流や楓を安堵させる意味もあるのか、クラスメイトを置いて撤退した意図について、ぽつりぽつりと語り始めた。
「・・・勘違い、しないで下さいね?私達は彼らを諦めた訳でも、見捨てた訳でもありません。ただ、確実に勝ち、あの闇をーーー『悪神』を倒す為の手段と手駒を揃えにいくんです。・・・人に害為す偽神や、悪神は、全て私が・・・この手で、討ち取りますから」
そう呟いた葉麗の横顔に、何か強い決意の様な物を感じ取った光流は、ただ「ああ」とだけ応え、深く頷くと、それ以上余計な言葉を語らず、黙って、走る葉麗の顔を見つめていた。
まるで、彼女のその眼差しの奥に秘められた、強い決意の源を探し当てようとしているかの様に。
(・・・こいつも、きっと、コーデリアみたいに、昔なんかあったのかもしれないな)
取り留めもなくなり始めていた己の思考に、そう一旦区切りをつけると、光流は日之枝に抱えられたまま、亀の様に首を伸ばすと、徐々に遠くなっていく学園とクラスメイト達に目線を送った。
「あいつの言う通りだ・・・。直ぐに、助けてやるからな。だから、それまで待っててくれよ、皆」
必ず、戻って来るからなーーー。
決意も新たに、そう呟く光流。
偽神や悪神なんかに負けるものか、再度そう心に決めようとして、光流はふと我に返る。
「・・・そういや、悪神ってなんだ・・・?」
そう。偽神ならば分かる。
光流だって襲われた当事者なのだ。
だが、『悪神』とは一体何なのか。
光流には皆目見当もつかない。
唯一分かるとすれば、偽神の他に強い悪意を持った存在が、まだいるのかもしれないということだけだ。
そして、それが葉麗のいう『悪神』なのかもしれない、と。
「けど・・・本当にそうなのか?聞いてみないとな・・・」
朝見た老人ーーー『偽神』の様な存在が世の中にはまだ沢山居るのかもしれない、そう考えるだけでなんだか背筋が寒くなり、光流はぶるっと体を震わせる。
と、そんな光流の体が不意にふわりと持ち上げられた。
「えぁ?」
一体自身に何が起こったのか、慌ててきょろきょろと自分の周囲を見回してみる光流。
かかっている負荷や、今の体勢等から考えるに、如何なら、つい先程までは小脇に抱えられていたと思っていたが、今は仔犬の様に襟首を掴まれているらしい。
光流の首根っこを掴んだまま、走る日之枝。
彼女は小脇に楓を抱え、光流の襟首を引っ掴んだまま、閉まっている校門を軽やかに飛び越えると
「乗りなんし」
そのまま、校門の直ぐ目の前に止められていた、ドアを開け放した状態の大型のバンに光流を放り込む。
「ぅ、ぇ?!ぉわぁっ?!」
全く訳も分からぬままバンの中にぶち込まれ、目を白黒させる光流。
すると、そんな光流に向け、いつの間にか、何時ものスーツ姿に戻っていた日之枝が声をかける。
「ほら、もう一人乗るぞ。つめてやりなんし、近藤」
「へ?」
彼女がそう告げるや否や、光流の目の前に迫る楓の後頭部。
恐らく、彼女も日之枝にこのバンに有無も無く乗せられたのだろう。
と、同時に、ごんっという鈍い音がして、勢いよくぶつかり合う光流の額と、楓の頭。
「いってぇ!!」
「いったーい!ちょっと何すんのよ?!」
それぞれ、額や頭を擦りながら抗議の声を上げる光流と楓。
けれど、二人をバンに押し込んだ日之枝本人は先程までと至って変わらぬーーー平時と同じ、冷静・冷徹な声音で
「煩いぞ。そんな事より早くシートベルトをしめなんし。行きんすよ」
そう告げると同時に、颯爽と運転席に乗り込むと、車を急発進させた。
「きゃぁっ?!」
「うわぁ?!」
シートベルトをしめる間もなく、猛スピードでバンが急発進した為、かなりのGが光流と楓に襲い掛かる。
加えて、しっかりと各々の座席に着席していなかった為、団子状になって縺れ合う光流達。
光流はなんとか其処から抜け出し、着席するとシートベルトをしめ、遠ざかる学舎を車窓から見つめながらふと思った。
(・・・これって、テレビドラマでよく見る誘拐のシーンだよなぁ。助けてくれたとは言え、この人達について行って大丈夫なんだろうか・・・?いや、今はヒノエンマ達を信じよう。皆・・・必ず、戻って来るからな。・・・それにしても・・・僕達は、これから、何処に連れて行かれるんだろう?)




