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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙  作者: 名無し
第一章 真緋の怪談草紙の段
81/148

えらぶのは⑥

校舎から光流までの距離は数メートル。


(逃げないと・・・!)


そう判断した光流が踵を返すより速く、あっという間に光流に追い付くと、彼を自身の中に取り込むべく沢山の闇色の魔手を走らせる強大な闇の塊。


しかしーーーしゃらんっという軽やかな金属が鳴る音と共に、間一髪、光流と触手の間に割って入った美しい金色の錫杖が、それら・・・無数の闇の触手を搦め捕る。


「良かったです、間に合って・・・」


錫杖を握り、呆気にとられる光流達にそう微笑んでみせる、その男性はーーー


「あ、天海先生?!」


「はい。皆さん、怪我はないですか?」


光流達の副担任である天海総司その人だった。


「は、はい!」


穏やかな日だまりの様に柔らかな天海の笑顔と、その穏やかな物言いに、光流だけではなく、近くに居た楓や達郎達も安堵し、徐々にその顔には笑みが戻っていく。


だが


「そうですか。それは、良かったです、よっ!!」


穏やかに微笑みを浮かべたまま、片手に握った錫杖から無数の水の棘の様な物を発生させ、絡み付いていた触手を一瞬で殲滅させる天海。


その光景に、再度石の様に固まる光流達。


「・・・え、笑顔般若」


フリーズしながらも、そう口にする楓は、今この空気が固まりきった空間では紛うこと無き勇者であろう。


と、天海はそんな楓の方を振り返り、やはり柔和な微笑みを浮かべたまま告げた。


「ありがとうございます。面白い渾名ですね?」


その言葉に、今度こそ完全に固まる楓。


そして、辺りに流れる微妙な空気。


それをぶち破ったのが、無駄にテンションの上がった華恵の声だった。


「OH!!ジャパニーズオイランにジャパニーズソウリョですね!私、初めて生で、しかもこんなに近くで見ました!Beautiful!!」


華恵の言葉に、光流ははて?と頭を捻る。


ジャパニーズオイランというのは間違いなく日之枝のことだろう。


では、ジャパニーズソウリョというのは、一体誰の事なのか。


そう考え辺りを見回そうとした光流の視線と天海の視線がぶつかる。


いた。


ジャパニーズソウリョ目の前に居た。


そうーーー先程までは、命の危機と言う事もあり、触手や、錫杖にばかり集中して見ていたが。


天海もやはり、日之枝と同じく、かなり平時とはかけ離れた・・・否、日常とはかけ離れた、様相であった。


金糸の縫い込まれた、見る者全てを虜にする様な絢爛豪華な金の袈裟、そして、その下に纏った深みのある深紫の着物。


その姿は、まるで、さながら歴史の教科書から平安時代位に居たであろう優雅な僧が抜け出して来た様な、そんな出で立ちだった。


そして、天海の隣に並び立つ日之枝もまた、今の言葉ではマジョリカブルーとでも言えば良いのだろうか・・・目にも鮮やかな蒼い打ち掛けをその身に纏い、たおやかな仕草で煙管を口許に運ぶ仕草はまさに江戸時代の吉原華やかなりし頃の遊女、いや、高位の太夫そのものにすら見える。


特に、日之枝が少しでも動く度、打ち掛けに銀糸で刺繍された無数の蝶が、今にも羽ばたきそうに揺れる様などは実に優雅だ。


しかし、非常に残念ながら


「ま、また影みたいなのがいっぱい来るんだよー!」


そうーーー此所は戦場だ。


敵を倒さなければ、確実に自分達が殺られる。


美稲の悲鳴じみた叫び声に、光流達ははっと我に返ると、数名が臨戦態勢をとった。


だが


「無理なことをしてはいけんせん」


多分に艶の含まれた日之枝の言葉と同時、左手に炎を出そうとしていた光流と、鉄パイプを構えていた楓の体がひょいっと抱き上げられる。


「おわっ?!」


「なになにっ?!」


まるで捨てられたばかりで人になつかない子猫の様にばったばったと暴れる楓。


見るとーーー光流と楓は、まさしく、拾われた猫の様に、日之枝の小脇に抱えられていた。


「「っ?!」」


思わず、驚きに二人して目玉が飛び出しそうになる光流と楓。


見回してみると、美稲や達郎も天海に抱えられている。


ちなみに達郎は、「俺はあっちの方が」等と云々言っているがそこは光流は聞かなかったことにした。


光流達を抱えたまま、校庭の真ん中を突っ切る日之枝や天海。


「・・・なんて、ことだよ」


一同が走り抜けるその校庭の至る所に、恐らくは体育の授業中だったのであろう体操服の生徒達が地面に倒れ込んでいた。


全員、非常に顔色が悪く苦しそうだ。


あの、校舎に巣食う闇の主が何かしたのだろうか?


すると


「やっぱり、皆を見捨てられないよ!大切なクラスメイトだもん!!」


楓がやおら暴れだし、日之枝の腕から抜け出そうとし始める。


けれど


「見捨てられない?なら、助けにいきますか?でも、助ける手段を持たない貴女が彼らを助けに行って、一体何をするつもりなんです?寧ろ、何が出来るんですか?」


氷の様に冷たい、触れればたちまち自身も凍りついてしまいそうな、そんな冷ややかな響きを以て放たれた葉麗の言葉に、楓は一瞬小さく、びくりと肩を揺らし、視線を落とす。


しかし、直ぐにまた顔を上げると


「でもっ!そうだ!もしかしたら私でも何か出来ることが!」


と、言い募ろうとするが


「ないですよ。普通の人間の貴女に出来ることなんて何もありません」


容赦なく、冷徹な程はっきりと、葉麗に告げられた言葉に再び楓は肩を落とし、今度こそ沈黙した。


けれど、光流だけは、分かっていた。


楓の強い気持ちも、葉麗の、その冷たい言葉の裏に隠された真意も。


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