えらぶのは⑤
その、余りに見慣れないーーーいや、今光流達が居る学舎という場所には非常に不釣り合いな、担任であろう人物のその姿に、思わず動きを止め、ついじっと彼女を凝視する一同。
(本当に、何が如何してこうなった・・・?つーか、これ誰だ?マジでヒノエンマか?見た目はヒノエンマっぽいけど、雰囲気とか如何考えても別人だろ)
そんな事をぼんやり考えながら、光流が担任とおぼしき女性を見つめているとーーーべしっというそこそこ良い音を響かせ、その頭が勢いよく叩かれる。
「いってぇ!!」
こんな事をする様な人物は、今居る仲間達の中では一人だけだ。
弾かれた様に、反射的にその人物ーーー楓の方を振り返ると、「何すんだよ!」と抗議の声をあげる光流。
しかし、楓はそんな光流の抗議等何処吹く風で、彼を叩いたばかりの手をひらひらさせながら、わざと小馬鹿にする様な調子で
「あ~っ、ごっめ~ん!なんかいきなり素手でフルスイングしたくなっちゃって~。あ、もしかして当たっちゃった~?」
等と言ってのける。
恐らく、光流が日之枝を見つめていたのが気に入らなかったのだろう。
だが、楓のそんな乙女心等露知らず、光流はと言うと・・・楓のその余りな物の言いように、思わず「いや如何考えてもわざとだろ?!」と光流は詰め寄ろうとする、が
「残念だけど、続きは後にした方が良いみたいですよ」
平時と変わらぬ、至って冷静な調子の葉麗の声が二人の間に割って入る。
その声に、葉麗の方を振り向いた光流と楓は絶句した。
「な、んだ・・・これ・・・」
それは・・・一旦、葉麗の櫛により勢いの弱まった闇が、またも先程の様に力を取り戻し、膨張し、此方へ向かってくる姿だったのだがーーーその闇の姿には、一つ、先刻とは大きく異なる様子が見られた。
「校舎が・・・見えなくなってく・・・」
そう、闇はまるで蚕の様に、自身の身の内より無数の細い絹糸の様な触手を伸ばすと、それらで校舎を包み込んでいっているのだ。
蚕が繭を作るかの様に。
徐々に黒い・・・闇色の繭に覆われ、見えなくなっていく校舎。
「嘘でしょ・・・早く皆を助けないと!!」
「あ、ああっ!」
「はいっ!!」
楓の言葉に頷くと、闇に呑み込まれつつある校舎に向かって駆け出そうとする光流と華恵。
しかし
「待ちなんし」
そう、取り付く島を一切感じさせぬ声でピシャリと言い放ち、三人を制止する蒼い影。
しかも、一体いつの間に近付いたのかーーーよく見ると、鮮やかな蒼い打ち掛けより伸ばされた日之枝のその手が、しっかりと楓の腕を掴んでいるではないか。
「日之枝先生・・・?!何で止めるんですかっ!?」
そんな担任に向け、楓は強い非難の眼差しを向けながら、猛抗議をすべく大きく口を開く。
が、楓が何かを言うより早く、日之枝は、片手に持ったその細い煙管で既に九割方闇に呑まれている学園の屋上をすっと指し示し
「見てみなんし」
と、短く光流達に告げた。
日之枝の言葉に、視線を上げ、屋上を見てみる一同。
すると、其処にはーーー爛々と輝く、二つの巨大な目玉が並んで鎮座していた。
「っ~??!!」
余りの恐怖に声にならない悲鳴を漏らす華恵。
楓も、餌を求める池の鯉の様に、驚きに口をぱくぱくさせている。
(・・・まさか、あれが、あの闇の『顔』なのか?)
恐怖に肌が粟立つ様な感覚を覚えながらも、光流は敢えて目を逸らさず、闇の顔とおぼしき部分をじっと睨む様に見つめながら、思考を巡らせた。
とーーー不意に、ぎょろり、と動く巨大な金色の目玉。
その目線が、光流の姿を捉える。
「ひっーーー!!!」
バスケットボール十個分はあろうかという大きな丸い二つの目に見つめられ、思わず息を呑む光流。
しかし、金の目玉はそんな光流の様子等一切気にせず、光流の頭から爪先までを舐める様にじっとりと、ゆっくり・・・まるで、時間をかけて品定めをする様に眺め回す。
そうして、一頻り光流の全身を眺め終わると
「うわっ?!」
光流に向け、校舎に絡めている物と同じ漆黒の触手を無数に伸ばしてきた。