えらぶのは③
その、光流の意識が思考の波に流された、ほんの数秒。
「っ・・・?!しまった・・・!」
後退した筈の黒い闇が、再度鎌首をもたげると、さながら漆黒の津波の様な様相で、歩みを止めていた光流と美稲に向かって押し寄せて来る。
(理由は分からないが、さっきは、一旦退いただけだったのか・・・)
闇があの版木を嫌がり、完全に撤退したのかと思っていた光流は内心臍を噛む。
(油断した・・・!)
脅威が去ったという確証も無いのに、一瞬でも注意を逸らした自分の判断ミスだーーー光流は、そう後悔するが、時既に遅し。
闇は、もう光流と美稲の頭上を覆い、今まさに二人を包み込まんとしていた。
先頭を走っていた為、光流達より少し離れた場所にいた楓と達郎が叫び声を上げながら、光流の方に走って来るのが見えた。
よく見ると、楓は鉄パイプらしき物を手にして居る。
中庭の花壇増設用の備品か何かだろうか。
きっと、彼女はあの鉄パイプで光流達に迫り来る闇を追い払うつもりなのだろう。
とても勇ましく、けれど、余りに場違いな武器を手にした楓の姿に、光流は思わず笑みを漏らす。
楓や達郎が助けようとしてくれる気持ちは、光流にとって、とても嬉しいことだ。
だが、二人が光流を大切に思ってくれている様に、光流も二人のことを大切な、かけがえのない存在だと思っている。
だからこそーーー
光流は、左手に炎を喚び出す。
そうして、彼はその炎を全身に纏うと、闇に向かって一直線に走り始める。
光流のその姿に、彼の意図を察したコーデリアが泣きそうな、悲鳴の様な声をあげた。
「何を考えているの?!馬鹿なことはお止めなさい、近藤光流!!!」
コーデリアのその声に、光流は「やっぱりな」と言うと小さくくすりと笑う。
(僕の考えてることは、何でもお見通しなんだな。如何やら、本当に僕と君は似た者同士らしい)
そう胸の中で呟きながら、薄く微笑みを浮かべる光流。
彼の考えていることーーーそれは、燃え盛る炎で闇の中に突っ込み、そのまま闇の奥深くで炎を爆発させる、『自爆』であった。
それを、彼の姿と表情から察したコーデリアは、自らも炎を両手に宿し、その炎を鞭の様に最大限に伸ばして何とか光流を絡めとろうとする。
が、コーデリアの焦りがそうさせるのか、中々上手く光流を捕まえられず、彼女は思わず、苛立ちをぶつける様に地面を蹴りつけた。
(彼は、自爆する気ですわ・・・。己の命を使って、隙を作り出し、その生まれた隙でわたくし達を・・・。そんなことは、絶対にいけない!何とか助けなくては・・・!)
そう決意を新たにすると、再度炎の鞭を伸ばすコーデリア。
「わたくしとの契約を果すまで、死なせたりはしなくてよ!!!」
すると、そんな鬼気迫る様子のコーデリアの真横をすり抜け、華恵と童女が光流の方に向かっていくではないか。
「貴女達っ?!何をしていますの?!シャーロット?!」
光流だけではなく、華恵達まで一体何をするつもりなのかーーー仲間達が取る予想外の行動の連続にコーデリアは、驚きに目を見張りながらも二人を何とか止めようと自らも走り出す。
と、恐らく自分達の持ちうる全速力で走っていたのであろう華恵と童女が、前方に居た光流すらも追い抜くと、闇の直ぐ目の前で立ち止まる。
思わず目を丸くして華恵達を見る光流。
そんな光流や、駆け寄るコーデリア達の目の前で華恵と童女は自分達の髪につけてあった髪飾りを颯爽と外すと、野球選手よろしく大きく振りかぶり、闇に向かった投げつけた。
「「喰らいやがれです!クロミカヅラアターック!!!」」
「「「「??!!」」」」
命の危機に瀕しているという己が置かれている状況も忘れ、ぽかんと華恵と童女を見つめる光流。
楓やコーデリア達も同じ様にあんぐりと口を開け、華恵と童女を見つめている。
ちなみに達郎はと言うと、こんな危機的状況でありながら、大きく振りかぶって捲れた華恵のスカートの中身に釘付けになっていた。
多分、今なら闇に飲み込まれても彼は本望だろう。
本当にぶれない青年である。
すると、そんな彼等の目の前で、華恵と童女の髪飾りを喰らった闇が、先程版木をぶつけられた時の様に悶え苦しみ始めたではないか。
「なっ・・・?!一体如何なってるんだ・・・?!」
訳が分からない、そう顔に書いてある光流と、ぽかんとしている美稲の手を握ると華恵と童女は勢いよく走り出す。
「なぁ、徳永?教えてくれよ。何が・」
そう矢継ぎ早に尋ねようとした光流に、華恵は一旦立ち止まると、己の人差し指をそっと光流の唇に押しあて、悪戯っぽく片目を閉じた。
「これは、呪的逃走ですよ。光流くん。でも、詳しい話は後です。今は何とか逃げ切りませんと。・・・呪的逃走では、敵から逃げる術は後一つしかありませんから」




