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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙  作者: 名無し
第一章 真緋の怪談草紙の段
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えらぶのは②

 すると、説教されて土下座をしている達郎と、般若の形相でそんな兄を見下ろしている楓を、あわあわと困惑した表情で見守っていた華恵が、ふと、口を開く。


「あのぅ・・・?」


「如何した?徳永」


もしや、華恵は優しいから親友の兄の土下座に心を痛めてしまったのではないか?


そんな事を考えつつ、隣に居た光流が華恵の言葉に応える。


すると、華恵の口から出てきたのは、達郎を心配する言葉でもなければ、楓を諌める言葉でもない、光流にとっては考えてもみなかった言葉であった。


「光流くん、それに、皆さん・・・?此所、暗くないですか・・・?」


「へ?」


華恵の唐突な質問に光流や、聞こえていたコーデリア達は一瞬目を丸くする。


だが、光流は直ぐに苦笑を浮かべると、中庭の上を指差しながら答えた。


「そりゃぁ、此所は、四方を校舎に囲まれた中庭だからな。太陽が照らす角度によっては、校舎の影が伸びてくる事もあるし、逆に文字通り校舎が壁になって太陽の光が入り難い時も・・・」


そう華恵に話しながら、中庭を囲む校舎をふと見上げた光流は絶句する。


(な、んだ、あれ・・・?)


光流が見たもの、それはーーー四方を囲む校舎のその全ての屋上から、まるで溜まった水が溢れ出すかの様に、漆黒の闇が溢れ出し、校舎の壁を伝って今自分達の居る中庭の方へと流れ落ちてくる、そんな恐ろしい様子であった。


(更衣室から出られないんじゃなかったのか・・・!?)


勝手に、闇は更衣室からは出られないものと判断し、すっかり油断していた光流は己の迂闊さを呪った。


そうして、この緊急事態を友人達に伝えるべく、光流は六人を振り返る。


今の所、この緊急事態に気付いているのは光流と華恵だけだ。


しかし、その華恵も、あの校舎の屋上から滴る闇を見た訳ではないようで、何だかちょっと周りが暗くなったなぁ、位の感覚らしい。


光流は校舎の壁を伝い落ちる闇から、極力目を離さぬ様にしながらも仲間達に話し掛ける。


「皆、落ち着いて聞いてくれ。大変なんだ。実は、さっき僕達が更衣室で見た闇が・」


光流が其処まで言い終わるか終わらないかの内に、先程までとは打って変わって、恐ろしい速さで壁を滑り落ちると、光流達に迫り来る闇。


流石に、光流以外の仲間達もそれには気付いたらしい。


それはそうだろう、四方を囲む校舎の壁が全て、まるでタールでも表面に流したかの様に一面漆黒に染まっているのだから。


「何これ?!如何いうこと?!」


先程までの光流と同じく、闇からはもう逃げ切れたと思っていたらしい楓が悲鳴に近い声をあげながら、未だ全く状況が掴めていない様子の兄と、恐怖に震える親友の手を引き、出口へと向かって走り始める。


「わかんねぇよ!けど・・・気付かれたんだと、思う。あの闇に。僕達が逃げようとしてた事が」


「はぁっ?!嘘でしょ!って言うかあんなに闇が校舎を覆ってるなんて全然気が付かなかったし!もう、何あれ!」


そう叫ぶ様に喋りながら、ひたすら走る楓。


光流も、訳が分からず目を白黒させている美稲の手を引き、その後に続く。


コーデリア達も勿論一緒だ。


と、実質、光流達逃走中の集団の後部に居た美稲が、置きっぱなしにされていた花壇増設用の煉瓦のタイルに足を取られ、前のめりに倒れ込む。


「ふぎゃっ?!」


美稲と手を繋いでいた光流も、つられてバランスを崩し、勢いよくその場に尻餅をついてしまう。


「いってぇ~・・・!」


腰を擦りながらも、何とか起き上がろうとする光流。


「あいててて~・・・」


美稲は今の転倒で膝を擦りむいてしまったらしく、膝小僧に出来た赤い擦り傷に向けてふーふーと息を吹き掛けている。


しかし、闇はそんな二人を見逃しはしなかった。


まずは、一番近くに居る美稲に向かってその魔手を伸ばす。


「ひゃぁぁっ?!来るな来るなー!美稲は食べても美味しくないんだよー!」


自分が躓いた煉瓦のタイルや、近くに落ちていたシャベル等手当たり次第に手近にある物を掴んでは闇へと投げ付ける美稲。


けれど、闇は一切怯む様子等見せず美稲に迫り来る。


大きく開かれた闇の頤が美稲へと襲い掛かった、次の瞬間


「うわーん!!やだやだやだー!まだ死にたくないんだよー!」


美稲がポケットから、小さな木の板らしきものを取り出し、闇に向かって投げた。


と、不思議なことに、今までは何を投げ付けられても構わず襲ってきた闇が、美稲が投げた木の板をその身に受けた瞬間、まるで潮が引く様に後退していったではないか。


その隙に、光流は美稲に駆け寄ると、すっかり腰を抜かしてしまっている彼女を背負い、走り出した。


走りながら、光流は背中の美稲に声をかける。


「今の、凄かったな!あれは、何を投げたんだ?もしかして、悪霊退散のお札とか?」


「んー?違うのだよぅ。あれは、作りかけの版木なのだよ。今度の展覧会に使おうと思って、桃の実を彫ってたんだ」


「そうなのか・・・」


美稲の話を聞きながら、光流は内心頭を捻った。


(何で、あの闇は桃が描かれた版木なんかを嫌がったんだ・・・?)

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