閼伽(あか)の焔と焔劫の剣⑨
そんな、突如豹変したコーデリアの様子を、暫し呆然と見つめる光流。
「一体如何なってんだ、こりゃ・・・」
全く状況が飲み込めず一人置いてきぼりな状態の光流は、ぽりぽりとばつが悪そうに頭をかきながらコーデリアに近付くと、一体これは如何いう事なのか尋ねようとする
だが
「・・・ぅぅん・・・?」
光流がコーデリアに声をかけるより、ほんの一瞬だけ早く、童女がその目を開けた。
「シャーロット!!!」
童女の意識の覚醒に、俄然色めきたつコーデリア。
彼女は最早光流等一切目に入らない様子で、童女を強く抱き締めたまま、目を覚ましたばかりのその幼い顔を一心に見つめている。
まるで、よく西洋絵画に描かれる、幼いイエス・キリストを抱いた聖母マリアの様な、穏やかで優しい慈愛に満ちたコーデリアの眼差し。
その、童女の全てを包み込むかの様な、愛に溢れたコーデリアの瞳を見た瞬間、ふと、光流の胸にある予感が生まれる。
(もしかして・・・こいつら、家族、とか・・・?)
それは、言葉に出すにはまだ余りに不確かで、あくまで
ただの光流の予測にしか過ぎないけれど。
しかし、光流はコーデリアの告げた言葉や、彼女が見せたその柔らかな表情の端々に、確かにあの童女に対する強い肉親の情の様なものを感じ取っていた。
(だとしたら・・・今声をかけるのは野暮、か)
もし、本当にコーデリアと童女が肉親であるなら、互いの非業の死によって別たれてしまったのであろうという事は容易に想像がつく。
そして、離れ離れになってしまったコーデリア達にとっては、二人とも死者となっているとは言え、今がまさしく家族の再会の時である筈だ。
そんな感動的な瞬間に、他人である光流が『もしもし、ちょいとそこのお嬢さん、貴女方一体どんな関係で、これは如何いうことですか?』と声をかける等、水を差すどころか、ホースで大量の水をぶちまける様なものである。
故に
(・・・そこまで空気の読めない奴にはなりたくないよなぁ)
そんな事を考えながら、コーデリアに声をかけようと伸ばしかけていた己の右手をすっと引っ込める光流。
そうして彼は、壁に身を預け、瞳を閉ざしたまま全身を襲う苦痛に苦しげな息を漏らす楓と華恵に目を向けた。
(僕は、僕の家族を助けよう)
心の中で強く、決意を込めてそう呟く光流。
続けて、彼は未だ白い焔が宿ったままの左手を、楓達に向けて真っ直ぐに構える。
(・・・この炎は、あの子の魂を永遠に続く地獄の様な苦しみと絶望から助け出し、『再生』させた。もしも、この『再生』が霊的な存在以外にも有効だとしたら・・・。上手くいけば、直ぐに楓と徳永を助けてやれるかもしれないぞ)
其処まで考えると、光流は『絶対に楓と華恵を助ける』ーーーそう、強く願いと思いを込め、二人に向けて白い炎を勢いよく放った。
(・・・コーデリアは言ってた。炎は、僕が思う通りに姿を変えると。そして、現にその通りだったーーーだからっ!!!)
「僕の炎よ、僕の大切な人達を助けろ!!!!」
長い廊下に光流の叫びが木霊する。
同時に、柔らかな小春日和の陽射しの様に楓と華恵に降り注ぎ、二人を包み込む純白の炎。
しかし、未だ意識が戻らないのか、炎の腕に抱かれても尚、二人は童女の様に悲鳴を上げることはおろか、身動ぎ一つしない。
そんな二人の様子に、光流は一瞬不安を感じるが、直ぐに軽く頭を振ると余計な考えは捨て去り、二人を助けることだけに集中する。
すると、童女の時と同じ様に、楓や華恵の衣服から血痕が消え始めたではないか。
「っ・・・!」
(成功、したのかーーー?)
身を固くし、息をするのも忘れて、炎の中の楓達の変化を食い入る様に見つめる光流。
彼のその目は、まるで、どんな小さな変化すら見逃さぬ様大きく見開かれ、光流がどれ程この二人を大切に思っているかが痛い程伝わってくるかの様であった。




