閼伽(あか)の焔と焔劫の剣⑧
『イタイヨォ・・・アツイヨォォ!!!』
清廉な白い炎の中、悲痛な声で泣き叫ぶ童女。
彼女の黒耀石で作られたかの様な、美しく艶やかな黒髪のその色がーーーまるで、金属についた錆が剥がれ落ちるかの様に少しずつ剥落し、そこからコーデリアのそれに勝るとも劣らない、見事な金髪が姿を見せ始めたのだ。
「おいおい、マジかよ・・・。一体、何が起きてんだ・・・?」
徐々に髪全体が眩い金色となり、先程までとは全く異なる『異国の女子』の様相を呈し始めた童女に、光流は驚き、思わず小さくひとりごちる。
この童女の変化は、100%、光流の炎が原因だろう。
しかし、光流とて『助けてやりたい』と願いはしたが、『童女の姿を変化させたい』等とはこれっぽっちも思わなかったし、考えもしていなかったのだ。
なのに、これは一体如何いう事なのか。
目の前で一体何が起きているのか理解に苦しみ、思わず頭を抱える光流。
(・・・はっ!もしや、僕は深層心理では、金髪の幼女が好きなロリコンなのか・・・?!ってそれはないないない!あっちゃ駄目だろ!!)
自分の中に閃いた、楓やコーデリアが聞いたら迷わず袋叩きにしてくるであろうその考えに、光流は、セルフ突っ込みを入れると、馬鹿な考えを振り払うかの様に頭をぶんぶんと振るう。
と、光流はその瞳に映る童女の姿が更に変化をしたーーー否、現在進行形で変化をしている事に気が付いた。
なんと、童女が着ているブラウスから、つい先程までべったりとこびりついていたあの夥しい量の血液が、いつの間にか綺麗さっぱりと消え去っていたのである。
しかも、童女の身に起きている変化はそれだけではない。
血色等とは無縁の、一切血の通わぬ蝋人形の様であった童女の青白い頬は薄く薔薇色に染まり、屍の如き紫色をしていた唇も、今や朱を刷いたかの様な、鮮やかで美しい赤みを取り戻していた。
加えて、特筆すべきは童女のその首である。
何重にも縄跳びが絡み付いた、先刻までは歪に折れ曲がり、童女の異貌を強調するかの様であったそこは、今は真っ直ぐに戻り、彼女の首を締め付けていた縄跳びも、まるで最初から存在していなかったかの如く消え去っていたのだ。
童女のその様子を見ていた光流は、不意に閃く。
(もしかして・・・この炎は、あの子の身に起きた悲劇そのものに対する恨みや憎しみすら、浄化しようとしているのか・・・?)
だとすれば、それは、良い意味で光流の願いや想像の斜め上をいっていると言えるだろう。
この炎の力を使えば、きっと、童女の様な憎悪に囚われた偽神を沢山救えるかもしれない。
自分の宿す炎が秘めた力に、強い期待と、若干の胸が踊る様な高揚感を抱きつつ、光流は未だ変化し続けている童女を見つめた。
白い炎の懐に抱かれ、何時の間にか泣き止んでいた童女には、最早、彼女の命を奪った悲劇の痕跡等一切見当たらない。
寧ろ、澄んだ蒼穹の色を取り戻したその瞳を静かに閉じている童女の姿は穏やかに微睡みに身を任せているかの様にも見える。
美しい生前の姿をすっかりと取り戻した童女。
すると、そんな童女の姿を認めた瞬間、さっとコーデリアの顔色が変わる。
先刻見せた照れの表情とはまた違う・・・まるで、酷く興奮しているかの様にその顔を赤く染めたコーデリアは、ドレスの裾が汚れるのも厭わず、なりふり構わぬ様子で童女に向かって走り出した。
「シャーロット!!!!」
コーデリアの、童女のそれと全く同じ色をしたその唇から、万感の思いがこもっているのであろう、熱い叫びが迸る。
そして、コーデリアはそのまま燃え盛る純白の炎に勢いよく飛び込むと
「シャーロット・・・!!私の大切な、可愛いシャーロット!!」
そう高く声を上げ、目を閉じたままの童女を強く強く抱き締めた。