閼伽(あか)の焔と焔劫の剣⑦
するとーーー光流の左腕全体に宿っていた炎が、まるで生きているかの様に徐々に移動し、彼の左手の掌を包み込み始めたではないか。
そうして、すっぽりと光流の左の掌全体を包み込むと、今度は光流の願いに応えようとしているが如く、火の粉を激しく舞い散らせながら揺れ動き、その全てで何かの姿をとり始める。
炎達が、美しくも勇壮に踊る様に為したその姿はーーー。
「これは・・・・・・!」
光流は、思わず息を呑んだ。
地獄の業火の如き真紅から、今は、何人たりとも汚せないーーー否、恐らく触れる事すら敵わないであろう、気高く清浄な純白に変化をした光流の炎。
その炎が変化した姿は、まさに、光流が映画で見たあの不死鳥そのもので。
「・・・なぁ、いけるか?頼むぜ、相棒・・・!」
光流は、目の前に迫る童女に向け、伸ばしたままであった己のーーー今は不死鳥を宿すその左手を、強く・・・掌底打ちをする要領でぐっと更に前に突き出した。
(何処でも良い・・・掠るだけでも良いんだ・・・!小指の先でも、あの子に触れる事が出来たら、それで・・・!)
瞬間、光流の腕に宿る不死鳥が童女に届けとばかりに、その長い一対の翼を伸ばす。
浄化をされることが怖いのか、或いは炎そのものが恐ろしいのか、童女はなんとか前のめりになりつつすんでのところで炎の翼を躱すと、今度は己にとって脅威である炎を宿していない光流の右側からその命を刈り取らんと襲い掛かった。
光流に降り下ろされる、鋭く尖った童女の爪。
「っ・・ぐっ・・・!!」
光流は、その攻撃を敢えて右腕で受ける。
「いってぇ・・・やべぇな、こりゃぁ・・・」
溜め息と共に、光流の口から吐き出される苦悶の言葉。
童女の爪が深々と食い込んだ光流の右腕からはどくどくと血が溢れだし、床に赤い水溜まりを作り出していく。
このままでは、強大な力を手に入れた光流とて、遅かれ早かれ失血死してしまうだろう。
『サァ アキラメナサイナ』
そんな光流にとどめを刺すべく、彼の右腕に爪を刺したまま、至近距離から、確実に命を断つべくその首を狙い、もう片方の手を振り上げる童女。
しかし、同時に光流も動く。
どんなに傷を負っても、その背に護るべき者達がいる限り、光流は諦めたりはしない。
例え、その命が尽き果てようと・・・倒れるならば一歩でも前へ進んでから、前のめりに倒れてやる、それが彼の矜持だ。
だからこそ、彼の手に宿る炎も消えない。
寧ろ、彼は童女の胴ががら空きになる、この一瞬を狙っていたのである。
童女が腕を振り上げたのと全く同じタイミングで光流も、その不死鳥を宿す左手を童女の腹に向けて真っ直ぐに叩き込む。
高校生と幼子の、ほんの僅かなリーチの差。
それが光流と童女の勝敗を分けた。
童女の爪が降り下ろされるより、瞬き一瞬程早く、光流の掌の不死鳥が童女に触れる。
と、同時に、不死鳥が触れた箇所から白い炎に包まれていく童女。
炎で出来た不死鳥は、そんな童女に向かって翼を伸ばすと、まるで聖母が罪人を赦し抱擁するかの如く、その白く燃え盛る両翼で童女を包み込んだ。
『イヤァァァァァァァァァ!!!!』
断末魔の様な絶叫が童女の喉から迸る。
『ダレカァァァァ!!タスケテェェェェ!!!』
全身を余すことなく純白の炎に包まれ、絶えず耳を塞ぎたくなる様な叫びをあげ続ける童女。
しかし
「・・・・・・?」
光流は、気付いた。
炎に抱かれる童女の姿に、ある変化が起き始めていることに。