閼伽(あか)の焔と焔劫の剣⑥
だからこそーーー。
『あの童女は散々非道をはたらいた憎む敵であり、倒すべきである』という本来の目的と、『彼女が歪んでしまったのにはちゃんとした理由がある、出来るのならば救いの手を差し伸べてやるべきだ』という今しがた芽生えたばかりの意志の元、光流の思考は激しく乱れ、身体がバラバラに引き裂かれてしまいそうな錯覚すら覚える。
「・・・ああ、クソッ!」
そんな乱れた思考を振り払う様に、光流はがしがしと乱暴に頭を掻くと、徐に瞳を閉じ、大きく深呼吸を始めた。
そうして、何度か深呼吸をした後、再び瞳を開き、改めて辺りを見回す光流。
彼の瞳に映るのはーーー冷たい壁に身を預けている、今にも命の火が消えてしまいそうな大切な友人達の姿と、光流が如何動くのか、腕を組んで静観している金髪の少女。
それに・・・炎に焼かれたことで更なる怒りと憎しみをその瞳に宿し、再度その命を奪い取らんと光流に向かって襲いかかるあの童女の姿であった。
童女が放つ、余りに激しく強い殺意に、光流の背中を冷たい汗が伝い落ちる。
憤怒と殺意に爛々と輝くその瞳は、まるで餓えた獣のそれの様でーーー。
(・・・助け、られる、のか?俺に・・・)
一瞬躊躇い、自問自答する光流。
が、その間にも童女は床を滑るが如き速さで光流に向かってくる。
(・・・考えてる時間なんてない、か)
光流は少女に向かって左手の掌を真っ直ぐに翳す。
その瞳は凪の海の様にとても落ち着いた、穏やかなものでーーーそんな光流の様子を見た金髪の少女は、胸を騒がせる嫌な予感に、焦った様に声をあげた。
「近藤光流?!何をするつもり?!」
咎める様な色も含まれた声に、光流はつい少しだけ微笑む。
(ああ・・・あいつ、何だかんだ怖い事言ったりしてたけど、心配してくれんだな・・・)
しかし、光流は直ぐに表情を改めると、口許に不敵な笑みを浮かべ、少女に話し掛けた。
「例えばさ?あの子をぶちのめしたり、殺すんじゃなく・・・僕達を襲えない様に、浄化や成仏をさせる事が出来んなら、僕達も生きて帰れるし、あの子も、もう人を怨まないで楽になれる。どっちもハッピーでウィンウィンじゃないかな?と思うんだが、如何思う?」
光流の、そんな突飛な提案に金髪の少女は悲鳴に近い抗議の声をあげる。
「はぁ?!貴方、自分が何を言っているか分かっていらっしゃるの?助ける?偽神を?そんな事聞いた事も無ければ前例もありませんわ!第一、偽神は既に憎しみに囚われ、人であった事を捨てた、輪廻の輪からも外れた存在。彼らにはただ、人間の体を奪うという目的しか存在していませんの。危険でしてよ!」
だが、最早覚悟を決めた光流は不敵な笑みを口許に張り付けたまま、敢えて軽く、飄々とした調子で少女に告げた。
「だよなぁ?僕もそう思うよ」
「ならば、何故っーーー」
「ただ、あの子を助けたい。そう、思ったんだ。だって、あんな酷い命の奪われ方をされた挙げ句、死んでからも憎しみに縛られて、本当に大切だった人達の存在や、彼らの笑顔すら思い出せないで、永遠に彷徨い続けるなんて、あんまりだろ?」
「確かに、あの童女の境遇には同情しますわ。ですが、だからと言って貴方が犠牲にー」
「ならないよ。犠牲になんか、ならない。僕だって、まだやり残したことが沢山あるんだぜ?だから、絶対に死んだりしない。寧ろ、危なくなったら直ぐ戻っから、な?だから、そん時はフォロー宜しく!えっと・・・」
光流は冗談めかして其処まで話し終えると、不意に、未だこの金髪の少女の名前を自身が聞いていない事に気付く。
すると、彼女もそれを感じ取ったのか、つい先程まで不安げに揺れる瞳をわざとつり上げ、己の腰に両手を当てると、光流を見つめたまま、口を開いた。
「・・・コー、でしてよ。コーデリア=フォン=ローゼンブルク。これがわたくしの名前ですわ。貴族でもない平民の分際で、このわたくしの名を拝聴出来る等、奇跡でしてよ?光栄に思いなさい」
敢えて尊大に、居丈高に振る舞うコーデリア。
そんな彼女の様子が、まるで威張る幼い子供の様で光流はつい吹き出す。
「何故笑いますの?!」
今度は本気で目を三角にし始めた彼女に、光流は微笑むと
「いや。コーデリアって良い名前だな、と思ってさ」
と、告げる。
「なっ・・・?!何をいきなり?!」
その言葉に一瞬ぽかんとするが、直ぐに沸騰寸前のやかんの様に真っ赤になるコーデリア。
光流は、そんな彼女の様子に面白そうに、しかし何処か満足そうに微笑みを深くすると、徐に瞳を閉じた。
そして、彼は脳裏に思い描き始めるーーー己がその手に宿したいと願う、その炎の姿を。
光流がイメージする、その炎は、幾度滅びようと何度でも再びこの世に生命の花を咲かせる不死鳥の再生の炎と、この世の不浄や業を全て力強く消し去り清める浄化の焔を併せた、『再生と浄化の炎』。