閼伽(あか)の焔と焔劫の剣④
一方光流は、炎の鞭に打たれた幼い少女が意識を失っているのを確認するや、直ぐに華恵を助け起こし、やはり少女からはかなり距離のある壁際ーーー楓の隣へと避難させる。
飛行出来るあの童女ならば、こんな距離はあってない様なものかもしれないが、それでも、距離をとっておくに越したことはないだろう。
それに、要は自分が壁となり、あの童女に此処を抜かせなければ良いだけの話だ。
其処まで考えると、光流は二人に背を向け、廊下を童女の方へと歩き始める。
このまま二人の近くで戦闘を始めてしまえば、確実に二人を巻き込んでしまう。
故に、光流は二人から距離をとったのだ。
戦いを始めても二人には然程被害が及ばず、且つ、何かあれば直ぐに二人を助けられる位の位置まで進むと、光流はその歩みを止め、出方を伺う様に未だ倒れ伏したままの童女を見遣る。
すると、少女は光流が見ている前でゆっくりその身を起こすと、以前より強く、激しく、憎悪に燃えた瞳で彼を睨み付け、呪いの言葉を呟き始めた。
『・・・ナンデ・・・ナンデ・・・ワタシノ トキハ ダレモ タスケテクレナカッタノニ。
ドウシテ カノジョタチハ タスケテ モラエルノ?
ズルイ ユルサナイ ユルセナイ ウラメシイ ネタマシイ』
少女が述べているのは、確かに憎悪で塗り固められた呪いの言葉である筈なのに・・・その言葉に秘められた、果てしない悲しみと嘆きを感じ取った光流は、思わず顔をしかめる。
別に、彼が何処かに怪我をしたとか、体が痛んだりした訳ではない。
光流は、不意に、理解してしまったのだ。
光流達三人を絶望のどん底に叩き落とし、形勢的に逆転をされた今も尚、飽かず三人の命を狙うこの童女が・・・実は誰よりも生きていたかったのではないか。
童女の首に強く絡む縄跳びを見るに、彼女が誰かにその命を奪われたのは確かだろう。
だが・・・命を奪われるその瞬間まで、この童女は助けを心から信じ、待っていたのではなかろうか。
きっと誰かが助けてくれると心の底から信じて、信じて、最期の刻まで待ち続けて・・・けれど、結局、あの童女に救いの手が差し伸べられることはなく。
だからこそーーー。
期待が強く大きかったからこそ、裏切られた時の反動も大きくなって・・・この童女は、人間をーーー特に、『誰かに愛され助けられる存在』を、ここまで憎悪する様になってしまったのではないか。
そんな、確信めいた予感が光流の胸を占めていく。
故に、この、恐らく玲が言っていた『偽神』と呼ばれる存在であろう童女は、こんなにも光流達にーーー否、人間の体に執着するのではなかろうか。
新しい身体を手に入れて、今一度生きる為だけではなく、その身体の持ち主や、持ち主を護ろうとする者達に、自分と同じ絶望を味わわせる為に。
すると、光流の思考が己からそれているその隙を狙い、ふらりふらりとふらつきながらも立ち上がった童女が、滑る様に床を低空飛行しながら、光流に向けて弾丸の如き速さで一直線に突進してくる。
『ナゼ ナゼ タスケヨウトスルノ
アキラメナサイ カラダヲ ワタスノヨ!!』
光流の懐に突っ込みながらも鋭い爪を繰り出し、彼の腹に突き立てようとしてくる童女。
童女の攻撃を光流はからくも躱すと、己の左腕全体に炎を纏わせ、その炎をまるで着物の袖の様に伸ばし、大きく振るう。
『キャァァッ・・・!!!』
光流の伸ばした炎は見事に童女の華奢な身体を捉え、その身を焼きつつ、強く凪ぎ払う。
その身を同時に襲う激痛と、全てを焼き尽くされるかの熱に、堪らず悲痛な叫びをあげる童女。
余りに痛ましく、聞いている方まで胸が痛くなる様なその声に、光流は再度渋面を浮かべる。
あの童女は散々光流達を苦しめてきた、倒すべき敵だ。
それは、光流とて理解している。
だが、それでも・・・やはり、幼い少女が痛みを耐えかね、絶叫をあげている姿等出来れば見たくはないし、胸だって酷く痛む。
しかし、光流達が生きてこの場を凌ぐには、あの童女を倒す他無いのだ。
己の胸に芽生えた小さな罪悪感を打ち消す様に、光流は拳をぐっと握り、そこに重点的に炎を纏わせる。
紅蓮の炎に包まれていく自分の拳ーーーそれを見ながら、光流は胸の中で小さく呟いた。
(そうだ。迷う必要なんかない。二人を助けるには、あの子を倒すしか方法はないんだ。)
しかし、拳に宿る炎を見つめていた光流は、ふと、あることを思い出す。
そう、それは、光流が楓や達郎と数日前に見た、子供向けのファンタジー童話を実写化した映画の内容でーーー。