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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙  作者: 名無し
第一章 真緋の怪談草紙の段
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閼伽(あか)の焔と焔劫の剣②

  少女はそんな光流の姿に、一瞬驚いた様に瞳を見開くが、直ぐにその表情を楽しげな笑みに変えると小さく呟いた。


「成る程・・・わたくしの『姿を変えられる』という言葉をヒントにした訳ですわね。ふふ、実に愉快ですこと。もしかしたら、彼は元から素質があったのかもしれませんわね」


しかし、当の光流はと言うと、少女の言葉等全く聞こえていない様子で、まるで新しい玩具を手に入れた子供の様に焔の剣をぶんぶん振り回している。


「凄ぇ・・・!焔だから斬ろうとしたら燃えっかと思ってたけど、ちゃんと斬れるんだな!」


光流の言葉に、少女は、彼が軽く試し切りをしてみた道端の向日葵に目線をやる。


其処には、茎の真ん中から綺麗に真っ二つにされ、満開の花の部分が無惨に地に落ちた状態の向日葵だったモノが一輪、虚しく佇んでいた。 


ふと手を伸ばし、その切り口に触れてみる少女。


切り口を、その白い指でなぞること数回。


不意に、少女の顔に先程とはまた違う種類の笑みが浮かぶ。


「ふむ・・・中々面白いですわね」


そう言って微笑む少女の瞳は、獲物を見付けた猫の様に強い好奇心とーーー彼、即ち光流が、これから如何やって自分を愉しませてくれるのか、そんな高まる期待に爛々と輝いていた。


もしも、光流が今の少女の表情を見ていたなら、とてつもない悪寒と嫌な予感に襲われ、石の様に硬直していたことだろう。


だが、幸か不幸か、今の光流は己が得たばかりの力に夢中でそんな少女の様子には一切気付いていない。


少女は、そんな光流の姿を見つめながら、小さくひとりごちる。


「まるで、幼い子供そのものですわね。それにしても、なんて無粋なことを・・・」


少女が視線を送ったその先ーーー其処には、光流が何度も試し切りを繰り返した結果、盛りであった満開の花の部分をすっぱりと切り落とされ、茎より上を喪った沢山の向日葵達が身を寄せ合い、吹き抜ける風にざわざわと物悲しげにその葉を揺らしていた。


(・・・・・・断頭台にかけられた無実の囚人の様ですわね)


花を喪って尚、葉を天に向け、光を乞う向日葵のその姿に、ふと少女はそんなことを思う。


すると、少女のそんな心の内を知ってか知らずか、今まで試し切りに夢中であった光流が、不意に少女に話しかけた。


「・・・向日葵は、嫌いなんだ」


彼のその言葉に、向日葵から視線を外し、光流を見つめる少女。


「向日葵だけじゃない。・・・夏は、嫌いだ。向日葵も、蝉の鳴き声も、朝顔やアイスキャンディも、夏に関わるものは全部嫌いだ」


・・・・・・だって、夏は『あの時の事』を思い出させるから。


消えそうな声で、そう呟く光流を、何も言わずただ見つめる少女。


しかし、やがてその口許に苦笑にも近い笑みを浮かべると彼女は

告げた。


「全く・・・何から何まで、わたくし達は本当にそっくりですこと」


そう言うと、彼女は光流の隣に並び、強く優しく、その肩に片手を置いた。


「だからこそ、わたくしには貴方の気持ちが痛い程わかる。さぁ、行きますわよ?近藤光流。今度こそ、喪わない為に」


少女のその言葉に、光流は大きく頷く。


「では、参りましょうか」


少女が、まるで舞踏会に向かうかの如く優雅に、光流に向かってその白い手を差し出してくる。


恐らく、エスコートをしろということなのだろう。


今度は光流が苦笑いを浮かべ、彼女の手に己の手を伸ばす。


が、ふと、光流は一度伸ばした手を引っ込めると彼女を見つめ、言った。 


「悪い。・・・一つだけ、やり残した事がある。ちょっとだけ待っててくれっか?」


そう言うや否や、光流は踵を返すと満開の向日葵畑の中に身を投じていく。


瞬間、光流を中心に向日葵畑から巨大な紅蓮の火柱が立ち上った。


「っ・・・!」


その余りに圧倒的なーーー見る者全てに畏怖すら抱かせるであろう燃え盛る業火に、少女は一瞬息を呑む。


「・・・近藤光流・・・」


少女が見ている目の前で、炎は激しく勢いを増し、見る間に向日葵畑の全てを、その熱い真紅の腕の中に包み込んでいく。


「これが、貴方のやり残した事・・・?」


そう、小さく呟く少女。


そんな彼女の前で、向日葵達は次々炎にまかれ、黒ずんだ消し炭へと姿を変えていく。


ーーーと、ぐしゃりぐしゃりと向日葵だったモノ達の成れの果てを容赦なく踏みつけて、赤々と燃える火の海と化した向日葵畑の奥から、光流が戻ってきた。


「やり残した事とやらは、もう、終わったのかしら・・・?」


静かにそう問い掛ける少女に、光流はふと穏やかな、けれど何処か悲しげにも見える微笑みを浮かべると


「ああ、終わったよ。全て」


そう告げると、泣き出しそうな笑顔のまま未だ紅蓮の炎に包まれている向日葵畑を振り返り、誰にも聞こえない様な小さな声で呟いた。


「・・・・・・さようなら、何も出来なかった、無力で愚かで幼かった僕」


そんな光流の呟きが聞こえたらしく、少女は、聞こえていないふりをしながらも、せめてもの餞にと光流には見えない様、己の耳に輝く美しい蒼玉サファイアの耳飾りを一つ外す。


そして、彼女はそれを何の躊躇いもなく火の海に向けて投げ入れた。


瞬時に炎に包まれ、見えなくなる耳飾り。


しかし、少女は一抹の未練すら感じさせず、逆に少し清々しく見える位の微笑みを浮かべると、光流に向けて再度手を伸ばし、言い放った。


「さぁ・・・今度こそ、行きますわよ!近藤光流!このわたくしをエスコート出来ること、光栄に思いなさい!」

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