閼伽(あか)の焔と焔劫の剣
(ああ・・・もしかしたら、この焔には、僕の心に在る憎しみや後悔、それに・・・僕自身への呪いが宿っているのかもしれないな・・・)
ほんの一瞬垣間見えた、燃え盛る怨嗟の炎に身を焦がす己の姿に、光流は、ふとそんな事を考える。
すると
「は?!ど、如何してこんな・・・?」
光流の左手に宿る焔がみるみる赤黒く染まっていくではないか。
突然の出来事に激しく狼狽え、咄嗟に少女を見る光流。
(一体これは・・・?!)
激しく取り乱しつつすがる様な視線を送ってくる光流に、少女は彼とは全く正反対な、至って冷静な様子で対応する。
「まぁ、落ち着きなさいな。先程教えたでしょう?それは、貴方の心の火だと」
「あ、ああ。けど、なんでこんな行きなり黒っぽく・・・?!さっきまではあんなに鮮やかな赤だったのに!」
訳が分からない。まさか、何か良くない事が己の身に起こっているのでは?!
そう全身で訴える光流を宥めながらも、軽く溜め息をつくと、少女は、彼が得た力を彼自身に理解させる為、言葉を選びながら慎重に説明していく。
一つ一つ、光流にも分かりやすい言葉を選びながら。
「ですから・・・良いですか?近藤光流。先刻、それは貴方の心の火だと言ったでしょう?つまり、その火は色も形も含めた、その全てが貴方の心の内を表しているのです。」
「僕の、心の内を、表している・・・?」
焔を宿したその手で、そっと己の胸に触れてみる光流。
少女はそんな光流の様子を見つめながら、更に彼への講義を進めていく。
「ええ。例えば、貴方の心が幸せで満たされている時は、火は明るい色に。深い悲しみに沈む時は、火も暗い色に。つまり、貴方の心がどんなに些細であれ変化した場合、火もそれに応じて姿形を変える。そういうことなのですよ」
「そう、なのか」
光流は感慨深げに自身の鳩尾辺りに置いた手を、何度も握ったり開いたりしてみる。
と、光流の気持ちが少女から答えを聞き落ち着いた為か、徐々にその手に宿る焔の色が、赤黒い色から元の鮮やかな赤にーーーまるで北極の夜空を彩るオーロラの様に、ゆっくりと、美しいグラデーションを描きながら、変わっていくではないか。
「おお・・・本当に色が変わった!凄いな!」
その様子を、じっと瞬きもせず、食い入る様に見つめる光流。
ゆらゆらと揺らめきながら、彼の心境の変化に呼応して刻一刻と焔がその美しい見目をうつろわせていく中、それを飽かず眺めていた光流の顔に不意に愉快な悪戯を思い付いたかの様な笑みが浮かんだ。
(あら・・・?)
光流の様子を見ていた少女も、無論、彼のそんな変化に気付く。
しかし、少女としては、彼が一体どんな事を思い付いたのかーーーそちらの方が気になるらしく、敢えて彼女は口を挟まず、傍観者を決め込んでいる。
すると、少女が見ている目の前で、光流は徐に目を瞑り、小声でぶつぶつと何やら呪文の様なものを唱え始めた。
焔を宿すその左手を天高く掲げながら、目を閉じ、小さな声で絶え間なく何かを呟き続けるその姿はまるで、新手の新興宗教にはまった瞑想中の狂信者の様で正直危ない。
此所が、生と死の狭間の様な世界ではなく、現実の世界であったなら、今の光流は先ず間違いなくいかついポリスメン達に囲まれて職務質問をされていたことだろう。
いや、もしかしたら最悪、檻の付いた病院にぶちこまれていたかもしれない。
どちらにせよ、此所が現実からは離れた世界であることが、今の彼にとっては幸運であったと言えよう。
と、不意に少女の視界が真っ赤な光に包まれる。
余りの眩しさに、思わず目を瞑る少女。
同時に、彼女の耳に、かなり興奮した様子の光流の声が届いた。
「やった!やったぞ!成功だ!」
(成功・・・?)
一体彼は何を言っているのか。
訝しく思いながら、少女がゆっくりと瞳を開くと、其処にはーーー
「これなら、絶対楓と徳永を助けられる・・・!」
左手の焔を、燃え盛る真紅の剣に変えた光流が立っていた。