涙と力の関係性⑬
少女のその言葉に、光流は握った拳を、更にキツく握り締める。
余りにキツく握り締めた為、掌に食い込んだ光流自身の爪が柔い皮膚を傷付け、指と指の隙間から一筋の血が滴り落ちた。
(・・・どちらを選ぶの、か。そんなの、ハナから決まってる。)
ーーーそうだ。僕は、もう、迷っちゃいけない。
此処で迷って・・・また、喪う訳にはいかないんだ。
そんな光流に、光流を護れた喜びに穏やかな微笑みさえ浮かべて冷たくなっていった・・・あの日の両親の姿が浮かぶ。
(ああ・・・そうだよな・・・もう、あんな思いをするのは、真っ平だ!!)
そう強く心に決め、伏せていた瞳を上げると、今一度少女を真っ直ぐに見つめ、光流は己が選んだ答えをはっきりと口にする。
「決まったぜ。僕は、例え僕自身がどんな苦難を背負おうと、大切な奴等を護る」
それが、僕が選ぶ道だーーー!
血の滲む拳を己の胸に強く押し当て、高らかにそう告げる光流。
少女は、そんな光流の姿に、今度こそ心からの笑みを浮かべてみせると
「随分と決断をするまでに時間がかかりましたが、まぁ良いでしょう。その答え、及第点を与えて差し上げますわ。光栄に思いなさいな」
万が一、貴方が自分の保身を選んでいたら・・・わたくしのこの炎で消し炭にしていましたわ。
かなり楽しげにそう言い放つ少女に、光流は若干薄ら寒いものを感じながらも、今度はその顔にはっと驚いた様な表情を浮かべると少女に問い掛けた。
「及第点って・・・君、まさか・・・僕がこの答えを選ぶことが最初から分かって・・・?」
光流のその言葉に、少女は艶然と微笑むと、その気高く咲き誇る薔薇の色をそのまま写したかの様な赤い唇に、細い己の人差し指を当て、軽く片目を瞑りながら告げた。
「当たり前でしょう?わたくしは、ずっと貴方と一緒に居たのだから」
「ずっと・・・?」
少女の台詞に光流は小さく首を捻る。
自覚は全く無かったが、それ程以前から自分はこの少女に取り憑かれていたのだろうか、と。
そんな光流を見つめ、少女は先程までの冷淡さや威圧的な態度がまるで嘘の様に至極穏やか且つ友好的に言葉を紡ぐ。
「そうですわ。ずっと・・・。そう、あの事故の時から、ずっと、わたくしは貴方と一緒に居たのですもの」
「・・・あの事故の時から・・・?」
「ええ。・・・ですから、貴方の無念も後悔も、全てを知っていますわ」
「っ・・・?!じゃぁ、君は・・・それを、知ってて、わざと、二人の命とどっちを取るとか・・・そんな、試す様な事を聞いたのか・・・?」
光流の瞳に熱い怒りと憤りの色が宿る。
すると、少女はすっと己の両手を伸ばすとーーーまるで壊れ物を扱うの様に優しく、包み込む様に光流の頬に触れた。
「試す様なことをして、ごめんなさいね。それでも・・・貴方には、選んで貰わなければいけなかったのです。貴方が、これから生きるであろう、歩むべき道を。そして、貴方の為にも、あの二人のお嬢さん達の為にも・・・わたくし自身の為にも、貴方には、この道を選んで貰う他、なかったのですよ」
一度死者の世界に片足を踏み入れ、更に・・・その後、一旦は完全に死者となってしまった貴方が、今一度、生者として現世を歩む為には。