涙と力の関係性⑦
「父さん・・・。母さん・・・」
光流は、微動だにせず、視線を足下の畦道に向けたまま、小さく呟いた。
瞬間ーーー光流は、足下に、光流の命を護る為折り重なる様に倒れ、息絶えている最愛の両親を幻視する。
「・・・・・・っ!!」
光流は、溢れてくる涙をシャツの袖で乱暴に拭う。
そして、自分自身を落ち着かせるかの様に、彼は瞳を閉じ、深く呼吸を始めた。
胸に手を当て、二度三度深呼吸を繰り返すと、まるで両親を助けられなかった無念を・・・あの時何も出来なかった無力さを振り払うかの様に小さく頭を振り、再び目を開ける光流。
すると、そこには
「・・・こうしてお逢いするのは、昨日ぶりですわね」
昨夜見た、あの悪夢の中で光流を絞殺しようとした少女が佇んでいた。
一体、いつの間に現れたのかーーー。
少女の突然の出現に、光流はやや面食らうが、しかし、直ぐに苦笑を浮かべると彼女に相対し、言葉をかける。
「・・・・・・やっぱり、な。さっきの、あの声・・・道理で聞き覚えがあると思った」
先程、光流の耳元で響いた『その決意、気に入りましたわ』と告げたあの美しい声。
光流は、その声に聞き覚えがあった。
それは・・・己が夢であって欲しいと願い、夢だろうと決めつけていたあの出来事の最中に聞いたものと全く同じで。
光流は、目の前で真っ直ぐ己を見つめる少女の瞳を、やはり、同じ様に真っ直ぐに、しっかりと受け止めながら、確かめる様に彼女に話しかけた。
「やっぱり・・・昨日起きたことは、夢なんかじゃなかったんだな?」
何処か、納得している様な響きを含んだその言葉に、少女は小さく頷き、言葉を返す。
「ええ。昨夜、貴方が見、聞き、そして体験したこと・・・。それらの全てが、貴方の身に実際に起きた『現実』ですわ」
少女の答えに、光流は苦笑を深めつつ「だよな、やけにリアルだと思ってたんだ」と呟いた。
そんな光流の様子に、少女は小さく首を傾げると疑問を口にする。
「貴方・・・驚きませんの?わたくしは、昨夜の出来事は、貴方が『死んだ』ことも含めて、事実だと言いましたのよ・・・?」
少女のその質問に、光流は顎に手をあて、暫し無言で考えるが、直ぐに顔を上げると、やはり少女を真っ直ぐに見つめ、告げた。
「考えてみたけど、自分でもよく分からないな。けど、今日は沢山色々なことがあったからね。あれだけ色々なことが起きたら、もう何だって受け入れられそうだよ」
光流の何処か斜に構えた様な物言いに、少女は口許に手をあて、小さく微笑みを零す。
昨日の、狂気と殺意に満ちた笑みとは違い、見た目の年令相応の、とても愛くるしい笑顔だ。
(うちのクラスに来たらモテそうだなぁ・・・)
不意に、そんな如何でも良いことが光流の頭を過る。
しかし、彼は直ぐに表情をただすと、少女に向き合ったまま、確かめる様に己の考えを口にする。
「なぁ・・・?さっき、死んだ、って言ったよな?やっぱり、僕は昨日死んだのか?」
光流のその言葉に、少女はまるで彼の真意を探る様にその瞳を見つめ、様子を伺っていたが、しかし、やがて小さく溜め息を一つつくと、大きく一度頷いた。
その答えに、光流は何処か満足した様な、それでいて少し悲しげな表情を浮かべると「そっか」と小さく呟く。
(やっぱり、僕は死んでたんだな・・・。ってことは、やっぱ此所って死後の世界か?しかも、変な化けもんまでいるってことは・・・まさか、地獄か?いやいや、僕は地獄に堕ちる様なことは何もしてないぞ!精々カンニングを二、三回した位だ!)
鬼と呼ばれる担任に知られたら、本当に地獄を味わわされそうなことをぐるぐると思考する光流。
だが、直ぐにはっと表情を変えると目の前に立つ少女の両肩を両手で掴み、まさに血相を変えて、友人達の窮状を訴え始めた。
「そうだ!それより楓達が危ないんだ!なぁ、あれも地獄の幻覚かなんかか?!いや、もし俺の幻覚じゃなくて、実際に起きてる出来事なら、楓達を助けてやってくれ!あんたなら出来るだろ!!」
昨夜、光流は実際に少女の力をその身を以て味わった。
だからこそ。
強い彼女ならば、友人達を救えるのではないか。
或いは、あれが死後の世界とやらが自分だけに見せていた幻覚ならば良い。
そんな願望を込めて、少女に必死に懇願する光流。
すると、少女はその秀麗な眼差しに気の毒そうな表情を浮かべると、話し始める。
「残念だけれど、あれは、確かに『現実』ですのよ・・・」
その一言に、光流の表情は見る間に青ざめ、凍り付く。
「なん、だって・・・?!なら、楓は?!徳永は?!今如何なってるんだ?!」
些か乱暴に、掴んだ少女の肩を激しく揺さぶりながら矢継ぎ早に尋ねる光流。
けれど、少女はそんな光流の振る舞いにも嫌な顔ひとつせず、落ち着き払った様子で、逆に彼を宥めにかかる。
「落ち着きなさい、近藤光流。彼女達は無事ですわ。『今の所は』ね」
「『今の所』って、如何いうことだよ・・・!」
少女の含みのある不穏当な言葉に、光流は更に食って掛かる。
そんな光流に、少女は穏やかな調子を一切崩すことなく、答えた。
「言葉通りの意味ですわ。つまり、このままでは、遅かれ早かれあの二人は確実に殺されてしまう。そういうことですの」