涙と力の関係性④
ーーーどさり、と、派手な音がして光流の腕の中に叩き付けられる華恵。
意識がなく、ぐったりとしたまま重力に身を預けた華恵の身体は平時より幾分も重く感じられ・・・投擲された威力も相俟って、受け止めた光流の腕をじんじんと痺れさせる。
この腕では、少女に抵抗したくとも、当分役には立たないだろう。
こんな肝心な時に、腕が使いものにならなくなるとは。
(本当にツイてないな・・・)
光流は小さく舌打ちをすると、ふと腕の中の華恵に目を向ける。
「・・・徳永・・・」
まるで蝋人形の様に色を失った彼女のその顔には、幾筋も涙の痕が見てとれた。
また、彼女の眉間には深く皺が刻まれ、細く白い首筋には紅い線の様な引っ掻き傷が幾筋もついている。
(苦しかっただろう・・・辛かっただろう・・・必ず、僕が仇はとってやるからな)
光流は、そう、心の中で華恵に語りかけると、未だ生々しい紅い傷跡の残るその額を優しく撫でた。
と
「・・・・・・」
華恵の唇が、ほんの僅かだが小さく動いたではないか。
「徳永っ?!」
もしやーーー。
光流は慌てて彼女の胸に触れ、口許に耳を近付けてみる。
平時にこんな事をすれば楓から見事なローキックを貰った挙げ句、華恵からも末永く変態を見る目で見られ続けるという重すぎる十字架を背負ったかもしれないが、今は緊急事態だ。
如何か許して欲しい。
心の中で、そう華恵に手を合わせながら、微かに芽生えた希望の可能性にかけ、耳をすましてみる光流。
そうして、聞こえてきたのはーーーひゅーひゅーとかなり苦し気ではあるが、しかし、確かに華恵が呼吸をしている音だ。
それに、胸に触れた掌からはとくんとくんと小さく脈打つ鼓動を確かに感じることが出来る。
(良かった・・・!生きてる・・・!)
辛うじて命を繋いでいるーーー今の華恵は、そんな言葉がまさに当てはまる程酷い状態だ。
だが、それでも光流からすれば、一度はその命を諦めかけていた大切な友人が、実は生きていてくれたという事は非常に尊いもので・・・思わず、涙が溢れだす。
そんな、頬を伝い始めた涙を乱暴にシャツの袖で拭うと、ほっと安堵の溜め息を漏らす光流。
(本当に、良かった・・・)
しかし、一息ついたところで、ふと光流は我に返る。
(そう言えば、あいつは・・・あの少女は、何処に行ったんだ・・・?)
そう言えば、華恵を光流達に向けて投げて以降、光流はあの悪意の塊の様な少女の姿を目にしていない。
その事実に酷く嫌な胸騒ぎを感じ、光流は素早く楓の方を振り返る。
だが
「・・・・・・いない」
其処には、失血により意識が混濁し始めた楓が力なく横たわっているだけで、あの少女の姿はみえなかった。
楓に魔手が伸ばされていなかった事に光流はほっと胸を撫で下ろす。
しかし
(なら・・・あいつは、何処に消えたんだ?)
あの少女がこのまま自分達を見逃すとは絶対に思えない。
光流はせわしなく辺りを見回してみる。
だがーーー光流は、まだ気付いていなかった。
彼の視線からは外れた、横たわる楓の頭のその直ぐ脇の床より、真っ赤な爪をした小さな手が這い出してきたことに・・・。