涙と力の関係性③
蒼白な顔で、ただ大きく目を見開いたまま、唇を震わせて中空を見つめ続ける光流。
大量の出血による朦朧とした意識の中、薄く開いた瞳から見えた彼のただならぬ様子に、楓も緩慢な動作で頭を動かすと、光流が何に戦いているのか確かめようとする。
「見るなっ・・・!」
それに気付いた光流が咄嗟に楓の瞳を片手で覆う。
だが、時既に遅く
「か、えちゃ・・・ん・・・?」
己の瞳に映ったその光景を、まるで信じられないものを見ているかの様に呆然と、何度も瞬きを繰り返し、見つめる楓。
しかし、それが確かに現実であると、霞がかかった様な頭が理解した瞬間
「いやあああああ!!ーーーっげほっ!ごほっ!!」
楓の喉から絹を裂いた様な叫びと血流が迸る。
「楓っ!!・・・徳永・・・くそっ・・!」
光流はシャツの胸ポケットから楓が洗ってくれたばかりの濃紺のタオルハンカチを取り出すと、かなり血に塗れて悲惨なことになってしまっている楓のその顔を手早く、しかし優しく拭う。
そして、それを楓に握らせ、「お前はもう喋るな」と念を押すと、自分は今一度、中空に視線を向ける。
其処には
「徳永・・・如何して、こんな・・・・・・」
先程まで、己の首を強く絞め上げていた少女の両手にはかなくも抵抗していたその手を今はだらんとだらしなく伸ばしきり、首をがくりと前に倒した華恵の姿があった。
手首に無数の細い引っ掻き傷があることから、先刻のビーズーもとい、彼女の祖母の形見のブレスレットは、少女に抵抗している最中、少女の爪に引っ掛かって切れてしまったのだろう。
そんな無惨な姿に変わり果ててしまった友人を、言葉もなく見上げる光流。
今光流が居る場所からは、深く頭を垂れている華恵の、その表情までを見る事は出来ないが、ぴくりとも動かないその様子から、彼女は、きっと、もうーーー。
其処まで考えると、光流は今自分の中に芽生えたばかりの悪い予想を振り払う様に、頭を二度三度振ると、己の怒りを全て込めた強い眼差しで、射抜く様に少女を見つめた。
けれど、少女はそんな光流の憤怒に満ちた視線等何処吹く風といった表情でさらりと受け流すと、未だ片手は華恵の首を掴んだまま、今度は、興味深そうに楓に瞳を向ける。
そうして、楓に向けられた視線はそのままに、少女は血に濡れた真っ赤な唇を開くと、光流に向け、語りかけた。
『アナタハ コノオネエチャンタチガ タイセツ?』
思いもよらなかった少女の台詞に、光流は一瞬虚をつかれた様にポカンとした顔をするが、直ぐにその表情を引き締めると、強い言葉で答えを返す。
「家族で、友人なんだ。そんなの当たり前だろ」
『フゥン・・・? タイセツナンダ ソウナンダ』
光流のその返答に、何処か満足そうな・・・それでいて、愉快そうな声を出す少女。
やはり、張り付いた髪で少女の顔は見えないが、声から察するに、恐らく至極楽しそうな笑みを浮かべていることだろう。
そんな楽しげな様子の少女とは反対に、光流はみるみるうちに表情を強張らせていく。
だが、それも当然だろう。
こんな状況であんな質問をした挙げ句、あんな楽しそうな声を出すなんて・・・何か悪いことでも考えているに違いない。
そう考えた光流は、せめて楓だけは、と自分が前に出て少しでも彼女を少女から遠ざけようとする。
しかし
『ダメダヨォ? カクシチャ』
甘く、愛らしくーーーしかし、ナイフの様な鋭さを伴った少女の制止の声が飛び、光流は我知らずびくっと肩を跳ねさせ、身をかたくした。
そんな光流の様子に満足したのか、少女は『フフッ』と小さな笑い声を漏らすと、そのまま歌う様に言葉を続ける。
『サッキハ エラベッテ イッタノニ エランデクレナイシ。イマハ ズルシヨウトスル。オニイチャンハ ワルイヒトネ』
ーワルイヒト ニハ バツヲアタエナイト!ー
そう告げた瞬間、少女が華恵の首を掴む手に力を込める。
少女はそのまま、華恵の体を高く高く持ち上げるとーーー勢いよく、光流と楓に向かって、その体を投げつけてきた。
「徳永っ?!」
思わず両手を差し出し、華恵の体を抱き止める光流。




