日常の果てに生まれる非日常⑭
その余りに異様な少女の容貌に、光流は思わず口元を手で抑えながら一瞬たじろぐ。
映画やテレビで『生ける屍』・・・所謂ゾンビは沢山見てきたが、まさか自分が生でそれ(まぁ、
厳密には違うかもしれないが)を目撃することになろうとは。
追い詰められた光流の脳裏に、一瞬そんな考えとーー併せて今朝見たあの恐ろしい光景が過って消える。
すると、少女は首を折り曲げたまま、穴の縁を掴んでいた腕を光流と楓の方へと伸ばし、微笑みながら、口にした。
『ネェ ソノカラダ チョウダイ?』
その、さながら死体がそのまま起き上がってきたかの様なおぞましい容貌とは非常にかけ離れた、年相応のとても愛くるしい声二人にそう語りかける少女。
しかし、どんなに可愛らしい猫撫で声を出そうと、少女の放つ異様さまでは消えることはなくーー光流は辛うじて首を小さく横に振ると拒否の意を表す。
『ナンデ? ネェ イイジャナイ。カラダ チョウダイヨ』
幼児特有とも言うべきか、二人の拒絶を少女は受け入れることはなく、まるで幼子が母にする様に駄々をこね始める。
しかし、それでも二人は黙って小さく頭を振った。
『ドウシテ? マエハ ミィンナ ワタシノイウコトナラ ナンデモ キイテクレタノニ』
その声は先程より幾分鋭く、無邪気さが薄れ、怒気が増している。
恐らく、自分の思う通りにいかないことが余程腹立たしいのだろう。
きっと生前は何でも周りが平伏して言うことをはいはいと聞き入れる様なやんごとなき家柄のお嬢様だったのかもしれない。
成る程、そう考えてみると、確かに血には濡れているが少女の着ているブラウス等は上品な光沢があり、上質な生地を贅沢に使用しているのであろうことが窺い知れる。
だが、例え彼女がどんな高貴な身分の令嬢であろうと、今の光流と楓にとっては己の命を狙ってくる、ただの恐ろしい異貌の敵だ。
幼い内に命を絶たれた少女を憐れに思う気持ちは、確かに二人にもある。
しかし、少女がどんなに甘い声を出そうと、憐れみを誘おうと、二人は絶対に譲らず、頑として少女の願いを聞き入れはしなかった。
すると、業を煮やしたのか・・・少女が身を乗り出すと、縁に足をかけた。
そして、夜空を自由に舞う蝙蝠がそうする様に、少女は両の腕を大きく上下に動かしながら、かけていた足で縁を大きく蹴る。
瞬間、ふわりとーーまるでその体が柔らかな布で出来ているかの如く、少女の体が中空に浮かぶ。
「っ?!」
光流と楓は驚きの余り一瞬言葉を失うが、しかし、直ぐに、此方に来るつもりなのでは、と考え身構えた。
だが、少女は二人に襲い掛かるでもなく、そのまま真下に立つ華恵のその直ぐ背後にひらりと音もなく舞い降りる。
そうして、後ろからゆっくりと・・・華恵のその白く細い首筋に、血に染まった真っ赤な手をかけながら、二人に問い掛けた。
『ジャァ エラバセテアゲルネ! ジブンガシヌノト オトモダチヲ ミゴロシニスルノ。 ドッチガイーイ?』
とてつもなく無邪気に、しかし底知れぬ悪意を以て告げられた、悪魔の選択。
華恵の肩の上から見える少女の眼差しは心底愉快そうに細められてはいるが、しかし、其処に宿る仄暗い陰鬱な輝きはその言葉が本気であると暗に示しておりーー。
全く予想だにしなかった、少女の提示した選択肢に、二人は一瞬息をすることも忘れ、少女を見詰める。
同時に、二人の背中を滑り落ちる氷の様に冷たい汗。
しかし、直ぐに我に返ると烈火の如く怒りを露にし、少女に食って掛かる。
「そんなこと出来っか!!!」
「そうだよ!!私達は絶対に華恵ちゃんを見捨てない!三人揃って生きて帰るんだから!!」