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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙  作者: 名無し
第一章 真緋の怪談草紙の段
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日常の果てに生まれる非日常⑬

 (落ち着け・・・。落ち着くんだ、僕・・・)


穴の中の者の姿が少しずつ露になる度に、光流の鼓動は早くなり、額を幾筋もの汗が流れ落ちていく。


固く拳を握り締めた彼の片方の手も、既に汗でびっしょりだ。


あの穴の奥に住まうのは一体何者なのか。


光流は、高まる恐怖と緊張感に軽い目眩すら感じるが、それでも決して膝をついたりしない。


何故なら、光流は、絶体に楓と・・・それに可能であるならば華恵も、助け出そうと強く心に決めているからだ。


故に光流は前を向き、思考し続ける。


(非常口は駄目、携帯も使えない、昇降口も無理だろう・・・。なら、如何したら・・・)


命の瀬戸際という状況に置かれながらも、生存の可能性をなんとか見つけ出す為沈思黙考する光流。


(他にあるのは・・・更衣室か。いや、更衣室なんて逃げ込んだところで追い詰められるだけだしな。・・・ん?更衣室?)


その時、不意に光流の脳裏に、先日担任から朝礼でクラス全員に周知されたある注意事項が甦る。


『良いか?お前達。日頃、お前達を含め更衣室を利用している者達より、かなり前から換気等の為窓が欲しいという提案を受けていたが、覗き等の防止の為今まで実現されることはなかった。だが、余りに窓を希望する意見が多くなった為、学園長やPTAと協議した結果、中庭に面する壁にのみ換気の為の窓を取り付けることにした。ただし、覗き等の不埒な行いをした者、及び、窓から下の花壇や中庭にゴミ等を投げ捨てたりする者が現れた場合は即刻塞ぐのでそのつもりでいる様に』


其処まで思い出したところで光流ははっとする。


(そうだ、更衣室にある窓を使えば・・・!)


そう、廊下にある窓から飛び降りた場合、幾ら二階とは言え打ち所が悪ければ即刻アウトだろう。


ましてや、下は固いコンクリートで覆われた外通路だ。


良くて足や腕の骨折、悪くてコンクリートの地面に全身を叩き付けられたことによる内臓破裂で即死だろう。


それでは逃げる意味がない。


だが、更衣室の窓ならば下は花壇だ。


しかも、運良く今は花の植え替えの為、土を耕している最中だった筈。


下が非常に柔らかい状態の土である今ならば、飛び降りて・・・運悪く全身を叩き付けられたとしても、そんなに深刻なダメージにはならないのではないか。


それに、幸運なことに更衣室には確か座って着替えられる様にベンチがあり、そこには割りと厚めのクッションが幾つも敷いてあった筈だ。


それらを花壇に投げ込んでから飛び降りれば、もしかしたら・・・。


光流はそう考えると、楓に声をかけようと振り返る。


「楓っ・・・!・・・楓?」


其処に居た楓はーー白蝋の様に血の気を失った顔色で、かちかちと小さく歯の根を鳴らしながら、震える指先で何かを指差していた。


「ひ、光流くん!あ、あ、あれっ・・・!」


楓のその様子に、胸を占める嫌な予感に心臓を押し潰されそうになりながらもゆっくりと・・・如何かこの予感が当たりません様にと願いを込めながら振り向く光流。


果たして、其処には


『フフ・・・・・・』


いつの間に、其処まで姿を現していたのか。


穴の縁より、年の頃は七、八歳程の幼い少女がまるで乗り出す様に、両肘を穴の縁に引っ掛ける体勢で、上半身までその姿を見せていた。


(さっきまで居なかったぞ・・・?!)


そう、光流が楓の方を振り向く直前、その時まではまだ額と両肩しか見えていなかったのに。


(この一瞬で現れたっていうのか・・・?)


逃げ延びる為にもあれだけ見逃さない様にしようと心に決めていたのに。

光流は一瞬でも目を離した己の浅はかさを呪い、舌打ちをする。


そんな光流と、己の姿に恐れ戦く楓を見遣り、ニタリと不気味な笑みを浮かべる少女。


成る程、楓が怯えるのも無理はない。

何故ならば、他の・・・気が弱い人間が見たら即座に失神してもおかしくない位、少女は異様な姿をしていたのだ。


白を通り越して、青に近い少女の肌には一切血の気はなく、その細い首は、まるで分度器でも当てたのではないかと思う程綺麗に真横に・・・直角に折れ曲がっていた。


念の為言って置くが、少女は傾げている訳ではない。


その首は明らかに『折れて』いるのだ。


しかも、角度がかなりおかしい。


また、少女の青白い顔は所々鮮血に濡れており、特に頭から額、目元にかけては、もしや頭が割れているのではないかと思う程真っ赤に染まり、ぽたりぽたりと血を滴らせている。


だが、少女の姿を異様なものにしている一番の要因は、その首であろう。


折れて曲がっているからではない。


いや、首が折れ曲がっている少女が薄笑いを浮かべながら此方を見詰めている姿も充分トラウマものだが。


しかし、その首の真ん中・・・其処に何重にも絡み付く真紅に染まった縄跳びこそ、少女をより一層恐ろしく、且つ、おぞましく見せているものに先ず間違いないだろう。


彼女の首にぐるぐるに巻き付いた、恐らく子供用であり、持ち手の色から察するに元は可愛らしいピンク色であったそれは・・・今や頭部から流れ出す血液で大半が赤く染まっている。


そして、その赤い縄で絞められている少女の細い首は、縄が巻かれている部分が、まるで吊られたてるてる坊主の様に不自然に細く締め付けられ、巻かれた真紅の縄跳びと相俟って見た者に恐怖と同時に吐き気を催させる様な異常さを放っていた。





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