日常の果てに生まれる非日常⑫
光流と楓を見つめたまま、壊れた様に絶えず微笑みを浮かべ続ける華恵。
その姿に底知れぬ恐怖を抱きつつ、如何にかして楓だけでも逃がす為、光流はじっと華恵を見据えた。
すると、華恵の頭の直ぐ上ーー其処に発生していた漆黒の渦に、突然変化が生じ始める。
「一体、何が・・・?」
全く以て嫌な予感しかしない。
光流のそんな予感を裏付ける様に渦は徐々にその大きさを増していく。
そして
「穴・・・?」
なんと黒い渦の中心に、ぽっかりと小さな穴が生まれたではないか。
その穴は、光流が見ている前で少しずつその大きさを増し、やがて、人が一人通れる位のサイズにまで成長すると、内側から何かを何かを吐き出し始めた。
白く細長い物体が、一本・・・いや、二本。
穴の真ん中からにゅるりと生えてくる。
「何だ、あれ・・・?」
物体とはやや距離が空いている為、眉間に皺を寄せ、目を凝らしてみる光流。
そうして、その物体が何であるのか、はっきりと分かったその瞬間、
「っ・・・?!」
光流は思わず息を呑むと「マジかよ・・・」と小さく呟いた。
穴から生えてきている物体ーー果たして、それは人間の両の腕であったのだ。
穴から生えた白い二つの腕は、まるで穴の中から此方側に出てこようとしているかの様に不気味に、妖しく、蠢いている。
中に何が居るのかは分からないが状況からして明らかに光流と楓にとって良いものではないのは確かだろう。
ならば、あの腕の主が姿を現す前に何としてでも二人でーーいや、せめて、楓だけでも逃がさなくては。
残された時間は、限られた。
穴の中の住人はもう右肩が見えている。
悠長に構えている時間等ない。
(如何する・・・?一体、如何したら・・・?)
目は華恵から離さぬまま、光流は必死に頭を回転させた。
その間にも、穴の中からは長い黒髪がざわりざわりと揺らめく頭頂部が見え始めている。
先程から見えている白くて細い腕や肩と併せて考えると、穴の中にいる者は恐らく女だろう。
何が姿を現そうとしているのか。
光流は額に脂汗を滲ませ、穴を凝視したまま、思考を巡らせた。




