日常の果てに生まれる非日常⑪
「如何して、こんな・・・・・・」
何故、誰も気付いてくれないのか。
そして、何故、誰にも触れることが出来ないのか。
次々その場に差し掛かっては、まるで光流達が亡霊であるかの如くすり抜けていく通りすがりの生徒達に、驚きと共にすがる様な眼差しを向ける光流。
しかし、通り過ぎる人々は皆、一向に光流達に気付くことなく、その場を立ち去って行く。
恐らく、本当に三人の姿は彼らに一切見えていないのだろう。
光流がそう理解すると同時、楓が光流の腕を小さく引き、声を掛けてきた。
(もしかして、繋がったのか・・・?)
玲が、助けに来てくれるかもしれない。
いや、玲ならきっと助けてくれる。
楓のことも、華恵のことも、勿論自分のことも。
そうしたら、この恐ろしい存在ともオサラバだ。その心踊る可能性に、光流は我知らず小さな笑みを浮かべる。
しかし
「光流くん・・・ケータイ、繋がらないの。電波が、全然届いてこない」
「は・・・?いや、有り得ないだろ」
楓がもたらした、己の期待とは正反対の絶望的な知らせ。
彼女曰く、玲の携帯だけではなく、色々な・・・思い付く限りの人の連絡先にダイヤルしてみたらしいが、さっぱり繋がらないらしい。
それに加えて、楓はメールすら一切送信出来なくなっているという。
家族兼友人が伝えるその非常に悪い知らせに、みるみる光流の顔色は悪くなり、額には焦りからであろうか、脂汗が滲んでいく。
最早、これまでか。
携帯が使えない以上、光流達に外部に助けを呼ぶ術はない。
また、自力で脱出しようにも、肝心の脱出口となる非常階段は廊下の真ん中に立つ華恵の遥か後方だ。
其処に辿り着くには如何にかして華恵の元を通り抜けなければならない。
だが、今の光流と楓には華恵の元を無事に通過する為の身を護る術等一切ない。
ちなみに、此所はかなり大きな学園なので本来非常階段は二つあり、もう一つは二人の直ぐ近くにあるが、老朽化で階段の床板に穴が空いてしまい現在修理中だ。
加えて、他の脱出口となりえる窓であるが、残念ながら此所は二階である。
クッションも何も無しに飛び降りて無傷で済むとは思えない。
また、他の可能性として昇降口があるが、やはり、其処に辿り着くには華恵の後ろにある正面階段を降りるのが一番の近道だが、やはり無傷で通り抜けられる可能性は皆無に等しいだろう。
完全に手詰まりだった。
すると、二人の表情に滲む絶望と焦りから、もう逃げられないのであろうと察したのか、華恵が動き出す。
悠然と、しかし、肉食獣が獲物を追い詰めていく様に、じわりじわりと二人との距離を詰めてくる。
その間も、華恵は一見すると穏やかな・・・しかし、瞳は濁りきったままの歪んだ微笑みを絶やすことはなく、あくまで柔らかな、華恵らしい調子で二人に言葉をかけてきた。
「ねぇ、逃げないんですか?怖かったら逃げても良いんですよ?あ・・・もしかして、助けが呼べなかったとか?」
華恵のその言葉に、図星の二人の肩が一瞬だけびくりと跳ねる。
すると、華恵はそんな二人の様子に心底楽しそうに笑みを深めると
「それは仕方ないですよね!だって此所は、貴方方が知っている現実世界とは違う場所ですから」
電波なんて届く筈ないじゃないですか!
そう明るく口にしながら、可笑しそうに声をあげて笑い出す。
そんな華恵の様子に更に恐怖心を煽られた楓はますます強い力で光流にしがみつき、蚊の鳴く様な小さく、心なしか震えの滲むか弱い声で光流に声をかけてきた。
「光流くん・・・。現実世界とは違う場所って、如何いうことかな・・・?私達、このまま、誰にも気付かれずに死んじゃうのかなぁ・・・?」
その彼女らしからぬ台詞に、光流は思わず振り返ると背後の彼女を見遣る。
すると、光流を見上げ、そう口にする楓の瞳にはうっすらと涙が滲んでいて。
何時もの強気で明るい彼女が普段は一切見せない、か弱く、今にも泣き出してしまいそうな、そんな姿に
「・・・大丈夫だ。きっと・・・いや、必ず助かる」
知らず知らずの内に、光流はそう口に出していた。
しかし、それはその場凌ぎの誤魔化しや、安心させる為の出任せではない。
これは、光流の強い決意だ。
(助けてみせる、お前だけでも)
例え、僕が死ぬことになったとしてもーーーー。
光流は、強くそう心に決めると、華恵と戦う為・・・その隙に如何にか楓だけでも逃がす為、華恵に向き直った。