日常の果てに生まれる非日常⑦
「なっ・・・・・・?!」
その転校生の姿を認めた瞬間、光流は頬杖をついて退屈そうに教室の入り口を眺めていた体勢のまま、思わず石像の様に固まった。
もし、此処が漫画の中の世界であったならば、彼の目は驚きに点になっていただろう。
何故ならば、其処に居たのはーーーー
「お前達、転校生の結城さんだ」
「皆さん初めまして、結城葉麗です」
そう、あの結城葉麗だったのだ。
目を見開いたまま、酸素を失いかけた鯉の様に口をぱくぱくさせ、教壇に立つ葉麗を指差す光流。
そんな光流の様子を不審に思った華恵がこそっと声をかけてくる。
「光流くん、如何かしたんですか?あ、もしかしてお知り合いとか?」
華恵のその問い掛けに、壊れた張り子の赤べこの様に頭をぶんぶんと上下に振る光流。
一方、光流から昨夜の悪夢について詳細に聞いていた楓はピンときたらしく、光流にこっそり話し掛けてくる。
如何やら、結城葉麗という他には中々居ない名前も相俟って、彼女が光流の夢に出てきたバイト仲間なのだろうと気付いたらしい。
「ね、まさか、あの子が例の結城さん?」
その言葉に、答える代わりに深く頷く光流。
すると、楓は更に声を潜めながら
「マジ?でもさぁ・・・なんか、こう、聞いてたのとかなり違うというか・・・本当にあの子なの?」
と聞いてきた。
楓がそう思うのも無理はない。
何故ならば、今の葉麗はーー黒く長い髪は三つ編みにした上でおさげにし、顔には牛乳瓶の底よりもかなり分厚いのではないかと思われるレンズが嵌まった眼鏡をかけている、所謂、昔懐かしいガリ勉で真面目な文学少女的装いをしているのだ。
加えて、目を引くのはやはり、彼女が来ているセーラー服だろう。
紺地のそれには、襟元に白いラインが三本入っており、胸元では赤いスカーフが結ばれている、典型的なセーラー服らしいセーラー服・・・なのだが。
長さが如何せん問題だった。
何故、スカートの裾が足首まであるのか。
髪型や眼鏡等の小物から察するに、恐らく彼女は一昔・・・いや、二昔以上前の純朴な女学生を演じたいのかもしれないが、あのスカートの長さでは逆に何世代か前のスケバンである。
しかも、ご丁寧に口許に黒く縫ったマスクを今更ながらではあるがいそいそ装着し始めたあたり、彼女はこの転校にあたって、某スケバンの女学生がヨーヨーで悪を懲らしめる懐かしの映画を参考にしたのかもしれない。
まぁ、真面目な転校生を演じるのにその作品をチョイスするあたり、かなりの選択ミスであると言わざるを得ないが。
しかし
「oh!ジャパニーズスケバン!格好いいです!初めて本物を見ました!」
まさかの華恵ちゃん大喜び。
子供の様に手を叩いている。
そんな、約一名が大歓迎で、他の生徒達はこの初っぱなから微妙なセンスをぶつけて来た転校生に如何接したら良いのか若干考えあぐねている、クラスを挙げての歓迎ムードとは程遠い空気の中、スケバン番長、もとい葉麗が口を開いた。
「私は・・・・・・」
もしやその姿で、皆さんと仲良くなりたいですとでも言うつもりかと言葉の続きを待つ光流。
「この学園のテッペンを取りに来ました」
「はぁっ?!」
生来の突っ込み体質が災いしてか、がくっと力を抜いてしまい、がんっと頭を机に強打する光流。
しかし、葉麗はそんな光流の様子に気付いているのかいないのか、相も変わらず感情の見えない瞳と声の調子で、自分が持っていた鞄をすっと前面に出すと言葉を続ける。
「ちなみに、この鞄には鉄板が仕込まれています」
「凶器だよ!それ最早鞄じゃなくて凶器だよ!って言うかそんなんでよく学園に入れたな!」
哀しいかな。
つい、がたんっと勢いよく立ち上がると突っ込みを入れてしまう光流。
其処にすかさず
「近藤、私語は厳禁だと言っただろう。罰として放課後残って反省文10枚だな」
日之枝の地獄の審判が下された。
「はぁぁぁっ?!」
色々な意味でしーんと静まり返る教室に光流の魂の叫びが虚しく木霊する。
すると、前方の美稲がくるりと後ろを振り返り、絶望に項垂れた光流に向かってぐっと親指を立てながら言った。
「これぞまさしく、雉も鳴かずば撃たれまい、だねー!」
太陽の様に眩しいとっても良い笑顔である。
その様子に、光流は更にがっくりと肩を落とし、力なく机に突っ伏すと腹の底から深い溜め息を漏らすのだった。