日常の果てに生まれる非日常⑤
他クラスの生徒達が教室から退出したのを確認すると、直ぐに名簿を開き、出欠を取り始める女性。
彼女の名前は、『日之枝 絵麻』。
通称『ヒノエンマ』。
光流達一年三組の担任であり、勤続10年のベテラン教師だ。
また、担当教科は現代文で、教え方や生徒指導等が非常にスパルタ且つ厳しいことで学園内では非常に有名な人物である。
「相変わらず怖ぇーな、ヒノエンマ」
毎日変わらず、氷の如き冷徹さで出席を確認するその姿を見つめながら、光流は小さな声で呟いた。
すると、
「ほんとそれ。って言うかさ、何も没収までしなくたって良いのにね。帰るまでちゃんと鞄にしまっておけよ、とか、もう持ってくるなよ、だけで良いじゃん」
耳聡く光流の呟きを拾った楓が、横から話し掛けてきた。
仲の良い友人である華恵が叱られた為か、その頬はまるで冬眠前の栗鼠様に怒りにぷくぅっと膨らんでいる。
そんな楓の様子に、光流は苦笑を滲ませながらも
「まぁ、ヒノエンマが厳しいのは認めるけど、今回は徳永も悪いだろ」
校則で禁止されている勉学に関係のない私物を持ち込んでこれ見よがしに見せてた訳だからな、と告げる。
しかし、楓は納得出来ない様で、頬を先程以上ーーまるで釣り上げられた河豚の如く膨らませると「でもさぁ」と何事かを言い募ろうとした、次の瞬間
「近藤。中飾里。朝礼中は私語は禁止の筈だが?」
教壇上の女性から、ナイフの如き鋭さを以て放たれた言葉が光流と楓に突き刺さった。
「すみませんでした」
その言葉に光流は、慌てて頭を下げる。
続けて、楓も・・・表情は不承不承といった様子ではあるが、それでも光流に倣い反省の言葉を述べるとぺこんと小さく一礼する。
「すみません」
「分かれば構わん」
日之枝は短く端的にそう言うと、名簿を一旦教卓の中にしまい、続いて卓上に置いておいたクリアファイルの中から、数枚の紙の束を取り出した。
そして、その紙の束に暫し真剣な表情で目を落としていたかと思うと、直ぐに目線を上げ、教室内の生徒達を見回しながら、口にした。
「お前達に、一つ重大な発表がある」
担任教師が行きなり告げた『重大な発表』という言葉にかなりざわつく生徒達。
無論、光流や華恵も一体何の話だろうかと互いに顔を見合わせる。
そんな二人に
「もしかして、ヒノエンマが寿退職するとかかな?」
愉快そうなにやにや笑いを浮かべながら、楓が口許に手をあて、こっそりと話し掛けてきた。
「いやいや、それはないだろ」
教壇上の担任に気取られない様慎重に、小さな声でそれに答える光流。
「だよねー」
楓も気軽な調子でそれに同意する。
片や華恵も、少しだけ困った様な微笑みを浮かべながら
「もう、二人とも・・そんなことを言ったら失礼ですよ」
と二人を諌める様な素振りは見せるものの、やはり小さく「私もそれはないとは思いますけど」と小さく呟いた。
ちなみに、よく耳を澄ましてみると三人以外にも教室内のあちらこちらで「まさか寿退職か」という声があがっている。
しかし、日之枝はそんな生徒達の様子等一切気にも留めず
「お前達、五月蝿いぞ。静かにしろ。実は、かなり季節外れだが、今日からこのクラスに転校生が来ることになった」
と、言い放った。