日常の果てに生まれる非日常②
「あ~・・・つっかれたぁ~・・・!」
まるでしがみつく様にしながら、机に顔を伏せている楓が溜め息混じりにややくぐもった声を漏らす。
「・・・右に完全に同意」
疲弊しきった光流も、机に顔を伏せたまま、しかし右手をまるで白旗の様にひらひらと振りながらそれに応える。
すると
「・・・本当に大変な1日でしたよね」
光流を挟んで楓とは反対側の隣にいる華恵が、その愛らしい顔に珍しく玉の様な汗を滲ませながら、二人の言葉にそう続けた。
「いや、華恵ちゃん、まだ1日は始まったばっかりだから」
そんな華恵の発言にすかさず突っ込みを入れる楓。
ちなみに光流は余計な体力を使わないことにでもしたのか、華恵の天然な発言にもだんまりを決め込んで突っ伏したまま微動だにしない。
まぁ、それも仕方のない事だろう。
事故未遂の現場から辛くも逃れた三人は、あの後、大人達の追跡等に遭わぬ様学園までほぼ全力で走って来たのだ。
故に、光流は今や最早脱け殻の様な・・・ゲームのキャラクターであれば死亡寸前でHPのゲージが真っ赤に染まっている様な状態と化していた。
また、何時もは始業寸前で教室に着いた担任教師に咎められるまで友人達とお喋りに花を咲かせている楓も、今は大人しく自席で机に頭をつけ、呼吸を落ち着かせることに専念している。
ちなみに、華恵はと言うとーー数分前までは光流達と同じ様にぐったりと机に頭を乗せ、肩で息をしていたが、今は
「はぁ、良かったぁ。ちゃんと全部揃ってますね」
鞄から、件の戦国姫将和風タロットを箱から取り出し、ちゃんと全てのカードが揃っているか、備え付けの解説書を見ながら一枚ずつ数えていた。
余程気に入っているのだろう。
だが、華恵がカードの心配をしたのも無理はない。
なんせ、あの観衆から逃げ出す瞬間の三人はまさに、取るものも取り敢えずといった様子で手近に落ちていたスクールバッグ等を乱雑に掻き抱くと、振り返ることすらせずに全力で走り去ったのだ。
カードの枚数やバッグの中身を確認する余裕等一切無かったのである。
しかし、それにしても、バッグの中身を確認する前にカードの枚数を数えるとは。
確かに、華恵は学園では割りと有名なタロットの占い手であり、タロットカードのコレクターでもあるのだが、それも此処まで来ると最早天晴れである。
あのどさくさで一枚も欠けず、傷も一つもなかったタロットをまるで扇子の様に持ちながらほくほくした様子で微笑む華恵に、光流も苦笑を浮かべつつ、つい声をかける。
「買ったばっかりなんだろ?一枚も無くなってなくて、良かったな」
と、華恵はまるで蕾が咲き綻ぶかの様に満面の笑みを浮かべると、まるで無事であったカードを光流に自慢するかの様に絵柄の面を光流の方に向けてみせた。
「分かった分かった」
苦笑を浮かべたまま、自分も自身の荷物が何か無くなってはいないかチェックしようと光流がタロットから目線を外そうとした、その時
「・・・へ?」
ぱちり、とーーまるで音がしそうな程はっきりと、カードの一枚に描かれた人物が光流に向かってウィンクをした。
思わず二度見する光流。
そのカードの真ん中には、深い藍色の夜空を背景に、栗色の長い髪の幼い少女が両手に抱く大きな白銀の星を恭しく頭上に掲げている姿が描かれており、その上部には『拾七 星』、カード下部にあたる少女の裸足の足元には『生駒 吉乃』と箔押しされていた。
(やべー・・・僕疲れてんのかなー・・・)
しかし、カードの人物ーー吉乃は再度光流に向かって、ぱちりと愛くるしい仕草でウィンクをしてくるではないか。
その吉乃の様子に、光流が盛大に頬を引き攣らせながら、目を逸らそうとした瞬間、
『良かったね!みーんな、生きてて!』
光流の頭の中に再度、あの幼い少女の声が響き渡った。