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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙  作者: 名無し
第一章 真緋の怪談草紙の段
3/148

凶相の彼女と不幸な僕の狂躁曲(カプリッチォ)

ーーーー嗤った。



大輪の赤薔薇もかくやという程紅くーーまるで、心の臓が送り出す血液の、その最期の一滴を満遍なく塗り付けたかの様に真紅(あか)く色付いたその艶やかな口唇を、ゆっくりと三日月の形に吊り上げ。



彼女ーー結城(ゆうき) 葉麗(はれい)は嗤ったのだ。



この、愚かにも、彼女(ひと)の秘密を暴こうとーー下らない・・そう、今思えば実に幼く下らない好奇心に突き動かされ、挙げ句開けては行けない地獄の扉を開けてしまったこの僕を。



彼女は、嗤ったのだーーー。



ーーーー今、この真冬の夜空の中天より照らし出す・・・あの眩しく輝く満月よりも尚煌々と、眩く、それでいて妖しく、人の心の深淵(おくそこ)を見透かすかの如く深い輝きを放つ、その黄金(きん)双眸(ひとみ)で。



切欠は些細なことだった。


『目の前の彼女が笑っていた』


ただ、それだけのこと。


だが、それは彼ーー『近藤(こんどう) 光流(ひかる)』にとっては、とても驚くべき、かなり珍しい現象だったのである。


それもその筈。


何故ならば、光流と同じ職場で、やはり光流と同じくアルバイトとして働く彼女ーー『結城(ゆうき) 葉麗(はれい)』は、西洋の愛玩人形(ビスクドール)の様に整った容貌をもつ、白磁の肌に切れ長の目元も涼しげなかなりの美少女なのだが、しかし、目の前でどんなジョークを言おうが笑わないーーそれどころか、ピクリとも表情を変えない、所謂、『能面』の様に無表情な少女として有名なのだ。


その為、店では仲間達から陰では顔の皮・・・即ち表情が鉄の様に全く動かないことから『鉄仮面』やら、どれ程忙しくても定時で上がる等の職場全体の調和を考えない事から『鉄面皮』と揶揄されている彼女がーー今、笑っているではないか。


しかも、楽しそうにスキップまでして。


言うのが遅れてしまったが、此処は東京ーーしかも、その大都会東京のオフィスビルが一同に集まるビジネスの中心地ー大手町。


その地下を走るとある地下鉄の構内のホーム。


そこに、彼らはいるのである。


時刻は家路を急ぐ企業戦士達(サラリーマン)がホームに溢れる夕方の6時。


黒や灰色のジャケットで覆われた、後ろから見たらまるで誰もが同じ様に見える、そんな背中の大人達でホームが覆われるーーそんな時間に、余りに場違いな程めかしこんだ少女が一人。


何時もは無造作にひっつめられ、後頭部でただ飾り気なく黒いヘアゴムでポニーテールに結わえてあるだけであった長い黒髪は、今や綺麗に編み込みとクロス編みを交えた上でツインテールに結ばれ。


更に、その結び目には目にも鮮やかな緋色のリボンが一つずつ結び付けられている。


加えて、特筆すべきはその服装だ。


アルバイト先での彼女の服装と言えば、基本的にはパンツスーツのみで、上は無地の白いブラウス、下は紺にグレイの縦のストライプが入ったコットン生地のパンツという・・・至って普通、と言うかそもそも少々派手であろうと私服可である光流の職場に於いてはかなり地味な服装なのだが。


果たして、今の彼女はどうしたことだろう。


トップスは、首のかなり上の部分から胸元まで白いレースが縫い付けられた上品なカットソー、下は落ち着きのあるオリーブカラーが目を引くーー丈の長さがバックよりもフロントの方が短い前後非対称の、所謂、フィッシュテールと呼ばれるタイプのスカートなのである。


しかも、林檎の様に真っ赤なダッフルコートをそのやや細目な躰に羽織り、ご丁寧に大きな花束なぞ持って。


スカートよりもやや暗めのオリーブカラーのロングブーツの踵を鳴らしながら、まるで踊る様に軽やかに、いや、ともすれば今すぐに踊り出してしまうのではないか、そんな風にすら見える、羽の生えたかの様な足取りで、一人ホームを進んで行くのである。


その余りの変わり様に光流は一瞬我が目を疑ってしまった程だ。


しかし、それにしても、やはりーー目立つ。


これ以上無い程目立つ。

思いきり目立つ。


勿論、彼女がその腕に抱く純白のピンポンマムの花束もとても目立っているのだが。


それ以上に


『やけにめかしこんだ若い少女がビジネス街の駅のホームを楽しそうにスキップしている』


それ自体が非常に目を引くのである。


道行く通行人の中には彼女の余りに楽しそうな様子に思わず立ち止まり、胡乱げな眼差しを送る者達までいる。


まぁ、実際、その様に良くも悪くも彼女が目立ち、人目を引いていたからこそ、光流は彼女の存在に気付いた訳なのだが。


しかし、彼女のこの様子は本当にどうしたことだろう。


以前、職場で、彼女が入店間もない頃・・・靴を脱いであがれる、座敷タイプのファミレスで行われた彼女の歓迎会ですら一切ニコリともせず、歓迎会の間中ずっと正座をしてひたすら烏龍茶を煽っていた彼女が。


バイト仲間同士で開いたカラオケ大会で三時間ずっと全く歌を歌わずただひたすら無表情にタンバリンを鳴らしていた彼女が。


今は幸運にも他人やお客と顔を合わせない事務職だが、もし接客にまわされたら確実に愛想のなさ・・・というか最早恐怖すら覚える鉄壁の無表情で即刻クビにされそうなあの彼女が。



今、目の前で、笑っているのである。



これはある意味光流にとっては宝くじに当たるよりかなりレアもレア、スーパーレアな出来事なのだ。


故に・・・だからこそ、光流は興味を覚えた。


その、彼女をこんなにも満たし、笑顔にさせている、理由であろう事柄に。


そう・・・それは、普段の彼女の鉄仮面ぶりを知る者達ならば仕方のない、ごくごく自然な欲求だったであろう。


少しだけなら、連いて行っても良いのでは。


ほんの少し、あとちょっとだけ。


彼女にバレるまで。


いや、もし、相手がいるのならば如何だろう。


そうだーー相手や、彼女に迷惑をかけなければ、このまま覗き見ても問題ないのではないか。


そうだ、それがいい。


別に誰に迷惑をかける訳でもない。


ただ、ちょっと覗き見たら帰るのだから。


だから、彼女にバレるまで。


何時しか彼は勝手に彼女に待ち人がいると思い込んで、彼女の後をバレない様に連いて歩き始めた。


言っておくが、光流は特段、彼女に好意を抱いている訳ではない。


寧ろ、何を言われても・・何をされても、一ミリも表情を変えない彼女のことをかなり苦手に思っていた位だ。


そんな彼が今、好きでもない彼女のことを、まるで己が探偵であるかの如く尾行しているのはーーーそう、それは紛れもなく好奇心。


純粋な好奇心に突き動かされた結果なのだ。


他人(ひと)の秘密を覗いてみたいーーそんな、実に人間らしいエゴに溢れた黒い好奇心に。




ーーーーしかし、この時、彼は知らなかった。


    『好奇心は猫を殺す』


正にこの言葉が示す通り、今彼が抱いている他愛もない好奇心が・・・己が死ぬ程の、いや、それどころか、彼の今までとこれからの人生全てを大きく変えてしまう程の出来事の切っ掛けになるということを。



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