番外編『たきやしゃ!~タナバタってなんですか?後編~』
ーーー『あー、わっすれてたぁ!そう言えば、今夜は七夕パーティーやるって皆を呼んだんだったよ!』
楓のその台詞に様々な意味での危機感を覚えた光流は、玄関でくるりと踵を返す。
そうして、そのまま全速力で家から出ていこうとする光流。
しかしーーー。
「ちょぉーっと待ったぁ!!」
勉強は全く出来ないが無駄に運動神経だけは良い楓が驚異の一足飛びで一気に彼に追い付くと、むんずとその襟首を掴み、引き摺る様にして友人達の待つリビングに彼を連行していく。
「全く!光流くんったら何で逃げようとするの?あ!もしかして、今更だけど皆に逢うのが照れ臭いとか?もう、照れ屋さんなんだから~!大丈夫大丈夫!私に任せて!一緒にいてあげる!」
「僕は断じて照れてない。そしてあいつらと逢うのが恥ずかしい訳でもない。妄想で勝手に話を進めんなよ、このバカエデ」
自分の頭の中に描いた予想や強い思い込みだけで話を進めていく楓に、思わず渋面になり、そう言い返す光流。
すると、そんな光流の言葉を聞いた楓も、その「バカエデ」という言葉に目を三角に吊り上げると、負けじとばかりに反論してくる。
「ばっ、バカエデぇ?!ひっどーい!私馬鹿じゃないもん!!人よりほんのちょーっと勉強が苦手なだけじゃない!こんなの可愛いチャームポイントだよ!」
無い胸を張り、誇らしげにそう言い放つ楓。
そんな彼女の様子にげっそりしながらも、一応光流は突っ込んでやる。
「あのな?テストで毎回毎回赤点や0点を連発する様なアホさはチャームポイントとは言わねぇ。寧ろ、でかすぎる弱点だろうが」
けれど、光流にそう告げられても尚、「違いますー!チャームポイントなんですー!」と言い張り続ける楓。
そうやって不毛な言い争いを続けつつ、二人が同時にリビングの扉を開けると、其処にはーーー。
「お帰りなさい、楓ちゃん、光流くん!」
柔らかな満面の笑みで二人を出迎える華恵と
「相変わらず仲良しだなァ、ご両人。妬けるぜ、全く」
華恵の隣に腰掛け、愉快そうにそう茶化す雲外鏡の姿があった。
ちなみに、雲外鏡は二人の帰宅が待ちきれなかったのか、既に酒盛りを始めてしまっている上、時間もかなり経っているらしく、空になった徳利が幾つも彼の目の前のテーブルの上に転がっている。
(相変わらず遠慮ってもんがないな、この人は・・・。つーか、どんだけ飲んでんだよ。こんだけ飲みゃ、人間だったら絶対肝臓癌になってんな)
テーブルに散乱した徳利に目を遣りつつ、ふとそんなことを考える光流。
そして、げに恐ろしきは身に染み付いてしまった日々の習性かな。
「と言うか、飲み終わったら空いたのを片付けろよ。ったく」
ぶつくさとそう文句を言いつつ、つい、甲斐甲斐しくテーブルの片付けや床に落ちたごみ等の掃除を始める光流。
と、そんな光流の背後から全力で体当たりをしてくる二つの影。
「ダチこーう!遅かったな!待ってたぜ!」
「待ちくたびれちゃったよ~!もう!」
叶と文車妖妃だ。
手加減という言葉がすっぽり頭から抜け落ちてしまっている二人の全力の体当たりによって、屈んでごみを拾おうとした体勢のまま、頭から床に突っ込んだ上、勢い余ってゴロロロロ!と前転してしまう光流。
「いってぇぇぇぇ!!!!危ないだろおい!!!」
光流は床からがばっと顔を上げ、二人に向かって全力でそう叫ぶ、が、当の二人はと言うと、光流が転倒する直前に彼からぱっと離れたらしく、ちょっと光流から距離を置いたところでなまあたたかーく彼を見守ってた。
「なんつう目線してくれてんだ!全部お前らの所為だろうが!!」
二人の生暖かい目線に耐えられず、光流は更に叫ぶものの、二人に効果等あるどころか、反省をする素振りなど一切見せず
「え~、せっかくのパーティーなんだから、怒っちゃだめだよ!落ち着いて!ね?」
文車妖妃に至っては、逆にそう落ち着かせようとしてくる始末であった。
そんなカオス過ぎる状況に頭を抱えながら、深く深くため息を吐く光流。
(・・・ああ・・・僕は、もう・・・なんであの時全力で・・・楓をぶっ飛ばしてでも逃げなかったんだろう・・・)
今更そんなことを考えてみるが、もう遅い。
この個性溢れるメンバーが勢揃いした空間に足を踏み入れてしまったあの時から、彼の運命は決まっていたのだ。
「七夕くらい平穏無事に過ごしたかった」、床に両手をつき、光流がまるで漫画に出てくる悲劇のヒロインの様にそう嘆いていると、彼の背後から不意に声がかけられる。
「でも、私は存外に楽しいと思いますよ?この、七夕の宴とやらを」
その声に、ゆっくりと振り返りつつ、口許には苦笑を滲ませて答える光流。
「そうか?お前がそんなこと言うなんて、ちょっと意外だな。結城」
光流の振り返った視線の先、其処には涼しげな透明なグラスを持った葉麗が立っていた。
恐らく炭酸水の類であろうか、薄く蒼い液体で満たされたそのグラスを口にしつつ、まるで彼との対話を楽しんでいるかの様に、話し掛けてくる彼女。
「あら、そうですか?まぁ、今夜は年に一度の特別な星々の祭りの日・・・七夕の夜ですからね。どんな妖も、この夜の空気に満ちる星の魔力に心が踊るというものです」
確かに、今夜が七夕という特別な夜だからだろうか、今宵の彼女は少しだけ何時もより上機嫌に見える。
そうしてーーー当の光流本人も。
葉麗が言い当ててみせた様に、本当は、嫌ではないのだ。
勿論、顔面から転んだり、おさんどんばかりさせられるのは論外だが。
それでも、毎年両親と過ごしていたこの星の祭りの夜を、独り寂しくーーー孤独に過ごさずに済んで良かった、そう心から安堵している自分が確かに居るのを、確かに彼は感じていた。
独りになると、きっと、あの眩しかった・・・輝く様な、両親と過ごした日々を思い出してしまうから。
二度と戻れない、あの一日一日が極彩色に見えた、美しかった日々を。
そうして・・・そんな思い出に浸ってしまえば、現実に戻るのが、現実を生きるのが、とても苦しくなるということを、光流は自身の経験から知っていた。
だからこそ、彼は、内心深く感謝しているのだ。
この賑やかで煩くて、でも独りになる隙や、思い出に浸る隙すら与えない、らんちき騒ぎを企画してくれた楓に。
(・・・明日・・・たまに、商店街で唐揚げでも奢ってやるか)
感謝の言葉等、絶対口にはしてやらないけれどーーー。
光流がそんなことを考えていると、中庭の方から急に大きな歓声が上がる。
「うわぁぁ!凄い凄い!ちょっと皆さん!来てください!流れ星ですよ!!」
「星がたぁーっくさん!空を流れてるんだよー!」
まるで、何か素晴らしい宝物を発見した幼子の声の様な、純粋な喜びと驚きに満ち溢れた、美稲と阿頼耶の歓声。
そんな二人の声につられる様に、光流や葉麗、それに楓や華恵に雲外鏡等家の中に居た者達が、ぞろぞろ中庭に出て行ってみる。
すると
「わぁ!!本当だ!綺麗だね!!」
夜空を見上げ、そう感嘆の声を上げる楓。
一方、光流は余りに美しいその光景に声も出せないでいた。
その光景とはーーーなんと、無数の輝く流星群が彼等の頭上を次から次へと走り抜けていたのだ。
「これだけ流れ星が沢山あれば、願いなんて叶えたい放題だね。よし、じゃぁ早速!新しい武器!拷問道具!金!」
流星群を見ながらそう嘯くのは蜘蛛丸だ。
永く生きている所為だろうか、見た目は幼い子供であるのにその願いには一切夢がない。
えらくネジ曲がった蜘蛛丸の願いに、光流が辟易していると、彼の耳に別の願いを、まるで呪文の様に必死に唱える声が届いた。
「・・・中飾里が本当にいい加減0点を取らなくなります様に」
「中飾里さんが、もう三日に一回でいいからちゃんと宿題があったことを覚えていてくれます様に」
聞けばすぐわかる、日之枝と天海だ。
(先生達も苦労してるんだなぁ・・・)
楓に振り回されると言う点で少しだけ二人に共感を覚える光流。
と、更に別の願いを呟く声が彼の耳に届く。
「超美人で巨乳で天然で頭も良くて性格もいい・・・あと料理も出来る彼女が欲しいです!特に巨乳!巨乳の彼女をぜひ!巨乳を!」
此方も此方でなんと分かりやすく我欲まみれの願いだろうか。
空を駆け抜ける美しい星に巨乳を連呼する達郎に、かなり呆れた様な・・・疲れた様な眼差しを送る光流。
すると、そんな彼に声がかけられた。
「ねっ?光流くんはお願いしないの?」
ーーー楓だ。
「ほら!早くお願いしないと、お星様、みーんな行っちゃうよ!」
「そうですよ。折角の七夕なんですから、勿体無いです」
そう告げるが早いか、楓と華恵は光流の両手を掴むと、彼を中庭の真ん中まで連れ出した。
三人の頭上を駆け抜ける、無数の輝く流れ星。
その刹那の美しい瞬きを目に焼き付ける様に、じっと見つめながらーーー光流は、胸の中で呟いた。
(・・・どうか、来年もこうして皆で一緒に星を見て、騒ぐことが出来ます様に)
ーーーと。
すると、まるでそんな光流の心の声が聞こえていたかの様に、葉麗は小さく呟いた。
「・・・大丈夫。きっと叶いますよ」
けれど、とても小さなその声は、流星群にはしゃぐ楓や叶達の歓声に飲み込まれ、誰にも届くことなく、ただ静かに闇に溶けていった。
一年に一度の星と星が出逢う七夕の夕べ。
空を流れ、風を渡る美しい星々に、あなたは一体どんな願いを乗せますか?




