近藤光流と別れの挨拶(ショート・ショート・グッドバイ)⑨
楓は涙で濡れた顔のまま二人にしがみつくと、まるで今までぴんと張り詰めていた緊張の糸がふつりと切れたかの様に、声を上げて激しく号泣し始める。
すると、まるで彼女につられるかの様に涙を零し始める華恵や文車達。
「良かった・・・本当に、良かったです・・・」
そう告げた華恵の震える声が、彼女がどれ程光流を心配し、心を痛めていたかを如実に物語っている様だ。
「・・・徳永・・・。僕がこうして戻って来られたのも、お前や、それに・・・此処に居る皆のお陰だよ。ありがとう」
そんな彼女を見つめ、照れた様に頬をかきながら、謝辞の言葉を伝える光流。
心なしか、その頬もうっすらと赤く染まっている様だ。
二人の間に流れる・・・何処と無く甘酸っぱい空気。
すると、まるでそれをぶち壊す様に
「光流っ!!!よく帰ってきたな!!」
光流に大きな声でそう声をかけながら、達郎が近付いてくる。
彼は光流の隣に立つや、ばんばんと力強くその肩を叩きながら
「お前なら絶対に大丈夫だって信じてたぜ!」
と、告げた。
心地好い信頼の言葉に何やらこそばゆくなった光流は、達郎の方を振り返ると、彼にも礼の言葉を述べようとする。
だが
「っ・・・?!」
振り返った光流のその瞳を、丁度昇り始めた朝陽が強く照り付けた。
(・・・ああ・・・もう、朝になってたのか・・・)
咄嗟に手を翳し、眩い朝陽を避ける様にしながら、感慨深げに胸中でそう呟く光流。
「・・・長かったな・・・」
光流は、そう小さく独りごちると、朝陽に眩しげに瞳を細めたまま、今度こそ達郎やーーーそれに、彼を信じて待ってくれていた仲間達に声を掛けようと口を開いた。
「皆、待っててくれてありがとう・・・!皆がいてくれたから、僕はーーー」
しかし、未だ光流が仲間達への感謝の言葉を言い終わらぬ内に、かなり興奮した様子の文車が声を上げる。
「すっごぉい!見て見て!あれ!!」
興奮気味に文車が指差す方向ーーーその先には、光流が飛び出して来た空間に生じたあの亀裂から、今やっと永い永い永久の闇の世界から解放され、全身に来世への希望の光を纏いながら天へと昇っていく無数の魂達の姿があった。
「わぁ・・・」
来世へ、また何れ人として生まれ変わること、人として生きることに希望を抱き、最期の輝きを放ちながら我先にと天へ召されていく数多の魂達の姿は、雲の切れ間から射す太陽の光ーーー薄明光線の様に美しく、また、尊くも感じられた。
朝陽を全身に浴びながら天へと昇っていく魂達を、自分達もまた朝焼けに照らされながら、じっと見つめる光流達。
その時、一同の耳に、小さな小さな声が届く。
光流達が、その声によく耳を澄ませてみると
『・・・お兄ちゃん、ありがとう・・・』
それはーーー幼くして生を断ち切られてしまった、あの小さな魂からの、最期のお礼の言葉であった。
いや、あの幼い魂だけではない。
耳を澄ませた光流達、その耳に次々と飛び込んで来たのはーーー。
『坊や、ありがとう』
『また、生きる希望がもてたよ』
『今度、また人間に生まれ変われたら、もっと丁寧に生きるからね』
そんな、光流達が救いーーーそして光流を救ってくれた魂達の、彼等への最期の挨拶であった。
光流達に言葉を遺しながら、次々天へと昇り、何時しか見えなくなっていく魂達。
光流達はそんな魂達の姿を、言葉を、全てを自身の魂に刻み付けるかの様にじっと見つめ続けていた。
その頬を、その心を、熱い涙で濡らしながらーーー。
すると、魂達を見つめていた光流の隣に楓がやってくる。
彼女は光流の隣に立ち、やおら光流の手を握ると、目線だけは魂達に向けたまま口を開いた。
「・・・あのね、光流くん?」
「・・・ああ?如何した?楓」
「えっと、ね・・・。生きててくれて・・・私達の所に、また戻ってきてくれて、ありがとう」
「・・・楓・・・。・・・当たり前だろう?僕達は家族なんだからな。僕が帰る場所は此処だけだよ」
(・・・それに・・・聞こえたからな。お前の声が・・・)
『光流くん・・・・・・待ってるからね』
闇の空間に飛び込む寸前に聞こえた楓の声が、光流の頭の中で再び響く。
(・・・・・・お前が待っててくれるなら、僕は・・・)
しかし、そんな思いは口には出さず、光流はただ、優しくーーーそして、互いが生きていることを確かめる様に、強く、彼女の小さく柔らかな手を握り返した。
そんな二人の再会を祝福する様に、紅の朝焼けに照らされる空に架かる七色の虹。
光流と楓、それに仲間達は、何時までも何時までもーーーまた来世に生まれ変わる為、虹の橋を渡り、空へ昇る魂達を見守り続けていた。
その最後の一人の魂が陽の光に消えるまで、ずっと。
ーーー斯くして、光流達の長い一夜は終わりを告げ、学園と、其処に住まう妖達を襲っていた恐ろしい深き闇は晴らされたのであった。




