近藤光流と別れの挨拶(ショート・ショート・グッドバイ)⑧
光流のその言葉に、強く頷く様な素振りを見せる数多の魂達。
そのどれもが、一番最初にこの空間で出逢った時とは打って変わって、淡く、優しく、柔らかなーーーまるで陽光の様な穏やかな光を全身から放っていた。
結局、何時の時代も、どんな時であっても、人の心を救えるのは、同じ人の心・・・誰かの、見返りすら求めない、嘘偽りのない『優しさ』ということなのだろう。
そんな、まるで蛍の様に淡くも美しい光を放つ魂達を見つめながら、思わず我知らず自身も笑顔になる光流。
彼は、一番近くに居たーーー恐らく幼子の魂であろう、とても小さなそれを優しく撫でながら呟いた。
「・・・人間は、生きてれば何度でも、信頼しあえる・・・やり直すチャンスに恵まれる。けど・・・死んだからって、何もやり直せないのはフェアじゃないよな。きっと、死んでからでも、やり直せるチャンスがあったって良い筈だ。そうだろう・・・?」
葉麗と光流達が、コーデリアと光流が、そしてーーー数多の迷える魂達と光流が、こうして信頼しあい、理解りあえた様に。
そうして、一度誰かと信頼という名の強い絆を結んだのならば、それを違え、裏切ることは決して許されることではない。
光流の場合で言えば、『生きて仲間達の所に帰る』ーーーそれが出来なければ、彼が必ず帰ると信じて待っている仲間達のその信頼を裏切ることになってしまう。
そんな事、許される筈がない。
皆、共に命を懸けて戦い、大切な場所を守り抜いた『戦友』であり、『友達』であり、『家族』なのだ。
そんな大切な彼らを悲しませ、失意のどん底に突き落とすこと等ーーー絶対にあってはいけないし、光流だってしたくはない。
故に、全身全霊の力を以てひたすら上へ上へと、大きく、力強く、光を目指して羽撃く光流。
皆を失望させるとか、そんな小難しいことをいう前に・・・先ず、何より、光流だって帰りたいのだ。
大切な仲間達の待つ、皆で命を賭して守り抜いた、あの愛おしい場所へと。
だからこそ、先程からただひたすら一心不乱に、頭上から射す光ーーーその一点だけを見据えてがむしゃらに羽を動かす光流。
その手は、今度こそ輝く蜘蛛の糸を、強く、しっかりと握り締めている。
光流を押し上げる魂達も、まるで油圧式のエレベーターの様に、絶えず、全く休むことなく光流を彼の元居た世界へと必死に押し上げ続けた。
けれど、彼らが出口に近付くにつれ、目に見えて激しくなっていく闇の空間の妨害。
所々が剥離し、色を失いつつある空間は、光流達が脱出するのを失敗させ、彼らの心を今一度絶望という名の闇の中へ引き戻さんと、先程よりかなり激しい勢いで、沢山の黒い瓦礫を降り注がせる。
だが、そんな瓦礫の雨の中でさえ、光流が希望の糸からその両手を離すことは、もう二度と無かった。
彼の瞳は、目先に迫る下らない妨害等よりも、その先にある、仲間達の待つ大切な場所を確りと見据えていたのだから。
「ああ、くそ・・・いってぇ・・・」
まるで雹の様に激しく降り注ぐ沢山の闇の欠片に打たれながら、誰にともなく小さくそう毒づく光流。
上を見つめていた彼の額は、落下してきた闇の瓦礫により傷付き、彼の頬を一筋の血が伝い落ちていく。
いや、額だけではない。
彼はその全身で包み込む様にして、腕の中に居る葉麗を瓦礫から庇い、守っている為、二人分の無数の瓦礫を浴び、みるみるうちに、まるで全身襤褸切れの様に傷だらけになっていく。
けれどーーーそれでも彼は進むことを止めはしなかった。
額や頬から血を流し、全身に無数の傷を負いながらも葉麗をその腕に抱えて、必死に上へと上っていく光流。
そうして、彼の右手が出口をーーー闇の空間の縁を、しっかと掴んだその瞬間、幾つもの暖かく力強い腕が彼の腕を掴むや、そのまま彼の体ごと上へと・・・眩い光の中へと光流を引き上げた。
ーーー思わず魂が震えたその瞬間に、最初に声を上げたのは誰だっただろう。
仲間達の手が光流の手を掴み、彼と葉麗を光の中へと・・・彼らの居るべき場所へと引き上げたその瞬間、誰からともなく、何処からともなく上がり始める歓喜の声。
やがてそれは大きな喜びの渦となり、人間も妖怪も関係なく、その場に居た全ての者達を包み込んだ。
そんな歓喜の渦の中、引き上げられた光流と葉流に向かってはっしと飛び付いた者がいる。
楓だ。
「光流くんっ!!葉麗ちゃんっ!!!お帰りなさいっ!!!」




