現実(リアル)を侵食する虚構(フィグメント)⑥
「おーっ!すっげー!何あれ!かっちょいー!」
乱舞する無数の火球と、それらを掻い潜り僅かな隙間より命を刈り取らんと襲い掛かる業炎の鞭ーーー。
それらに襲われても尚、心底、愉しそうな笑顔を崩さぬまま、ひらりひらりと、傍目から見れば非常に動きにくそうな高下駄でまるで軽業師の様に見事に火球や炎の鞭を躱していく蜘蛛丸。
夜叉丸もやはり同じく、まるで重力等存在していないかの様な軽々とした身のこなしで金の髪の少女の猛攻を躱すとーー逆に、神聖なる墓所を土足で踏み荒らす不届き者に鉄槌を下すべく、少女に肉薄していく。
それに気付いた蜘蛛丸が
「あー!!!また抜け駆けかよ!ずるいぞ!首級を取るのは僕なんだからな!」
この陰険腹黒笑顔!とぎゃんぎゃん喚きながらも、蜘蛛丸も、夜叉丸に負けずとも劣らぬ勢いで少女に迫っていく。
一方少女は、二人を同時にするのはやはり分が悪いのか、二人の刃が迫ると火球を撃ち放ち牽制しつつ、素早く後退し、二人から一定の距離を保ちつつーーそれでも、光流を諦めることはなく、片手では炎の鞭を操り、絶えず光流の命を狙ってくる。
「なんで僕ばっかりなんだよ?!」
さっきまで顔を合わせたことすらなかったのに理不尽だ!
そう叫びながらも、光流も必死に襲い来る業火の鞭を如何にか躱す。
突如始まった常識はずれの異能力バトルに光流の頭は最早オーバーフロー寸前だが、それでも人間の体ーー生存本能というのは不思議なもので、先刻までと同じ様に腰を抜かしたり動けないままでは確実に死ぬと理解した為か、先程から光流はどうにかこうにか、辛くも少女の攻撃を紙一重で躱し続けている。
「こんなの、僕の知ってるポルターガイストと全っ然違うぞ!!」
躱しながら、苦し紛れに悪態をつく光流。
すると、先程一度少女の攻撃を打ち消して後、再度口を閉ざし、この戦いの傍観者となっていた葉麗が不意に口を開いた。
「確かに・・・コレは、普通のポルターガイストとは少々違う様ですね」
「へっ・・・・・?」
思わぬ人物からの思わぬ返答に、まさか答えが返ってくるとは思っていなかった光流は一瞬立ち止まり、後方に居る葉麗を振り返る。
瞬間ーーー
「どぁっちぃ!!!」
足を止めた光流の頭を火の鞭が掠めた。
光流の側頭部の髪が火に焼かれ、若干焦げる。
「あははははー!頭焦げた、ばーかばーか!」
戦闘中だというのに、右側頭部が若干焦げてアフロっぽくなった光流を指差し笑い転げる蜘蛛丸。
「うっせ!だぁー!くっそ!お前も焦げろ!」
あのクソガキ、後で絶対ぶん殴る。
そんな恨みの籠った眼差しをちらと蜘蛛丸に送ると、光流は再度動き始める。
この戦場では、無力な自分は一瞬でも立ち止まっていては絶好の的にされるだけだと悟ったからだ。
そんな光流の背中に向けて、葉麗が、必死に逃げ回っている光流からしたら憎たらしい位に落ち着いた様子で声をかける。
「例えアフロになっても私は爆笑したりしませんよー?」
「うるせぇよ!!引き摺るなよ!!!」
走りながら突っ込む光流。
叫んだ所為で余計に息がきれ、くらくらし始めた。
すると、そんな息切れ・スタミナ切れ寸前の光流に向けて、再度葉麗が声をかける。
「さっきのですけどねー?」
「あぁー?!」
こっちは逃げるのに必死なんだ、空気読め、今声かけてくるな、そんな気持ちを込めて、葉麗に剣呑な目線を送る光流。
しかし、そんな光流の眼差し等さらりと受け流し、葉麗は言葉を続け始めた。
「『普通のポルターガイストじゃない』っていうの、案外正解かもしれません」
「はぁっ?」
葉麗の言葉に、光流は思わず再度足を止めそうになるが、なんとか思い止まり足を動かしつつ、意識は耳にも集中させる。
「昔から、『物質に火をつける』というのは、ポルターガイスト現象としてはよく在るものなのですが。それにしては、彼女は・・・・火をつけるだけではなく、火をつけたモノや火自体を操る事にとても長けていて、手慣れている印象を受けます」
もしかしたら、彼女は・・・・・生前、『発火能力者』だったのかもしれません。
葉麗が呟く様に小さくこぼしたその言葉に、光流は首を傾げた。
「発火能力者・・・・・?」
「はい。簡単に説明すると、有機物・無機物問わず、モノを発火させる能力を持つ能力者のことですね」
「は?モノを、発火させる能力??」
いやいや待て待て。
今まで僕が生きてきた世界ではそんな能力聞いたことないぞ。
というか、そんな能力有り得ないだろ。
そんな異能力、小説や物語の世界の中だけの話の筈だ。
光流は走りながらも、思わず、そんな疑念を籠めた眼差しで葉麗を見る。
しかし、葉麗はそんな光流の眼差しに、困った様な苦笑で返すと、再び口を開いた。
「貴方がどんなに否定しようが構いませんが・・・目の前で起きている出来事、事実は変えられませんよ?」
それとも、貴方はーー己の瞳を、先程実際に体験し、身を以て受けた痛みを、否定するのですか?
そう問い掛けると、葉麗は、猫の様に蠱惑的で・・・しかし、どんなに手を伸ばしても届くことがない、あの月の様な深い輝きを湛えた瞳で、まるで光流の反応や返答を待つかの様に、じっと見詰めてきた。