近藤光流と別れの挨拶(ショート・ショート・グッドバイ)
村正の鈍色に光る切っ先が悪神の核を捉えると同時、銃の部分の引き金を、思い切りーーー強く引く光流。
瞬間、核が深紅の炎に包まれ、勢いよく燃え上がった。
『ガァァァァ!!!おのれ、人間がぁぁぁ!餌ごときが我に逆らうと・・・この我を滅するというのか・・・?!ただの餌がぁぁ!!』
人間であれば心臓に当たるであろう急所を刺し貫かれたまま焼かれ、苦悶の声と・・・それに、耳を塞ぎたくなる様な罵詈雑言を、目の前で自身を穿つ光流に向かって浴びせる悪神。
だが、次の瞬間ーーー目にも止まらぬ速さで光流の銃剣から放たれた、輝く銀色の弾丸が、炎に包まれる核のその丁度真ん中を貫いた。
と、同時に、撃ち抜かれた箇所から放射状に広がっていく、まるで稲妻の様な大きな皹。
やがてその皹が核全体を包み込んだかと思うとーーーパキィンッという一際高い音を響かせ、光流達の目の前で、悪神の核が粉々になる。
核が粉々になると同時に、悶え苦しみながら崩れ落ちる悪神の躯。
すると、ばらまかれたパズルの様に無数の細かな破片となった核の欠片のその一つ一つに、紅い炎が宿り始める。
未だ漆黒の闇が至る所に残っているこの空間で、深紅の炎を宿しながら頼りなくひらりひらりと空中を舞う核の欠片は、まるで羽化したばかりの紅いモルフォ蝶の様に美しく見えた。
しかし、みるみる内に、その小さな欠片の全てを包み込み始める深紅の炎。
やがて、その真っ赤な炎は核であった欠片の内側と外側・・・その両方を焼き尽くし、跡形もなく欠片を消し去ってしまう。
同時に、壊れゆく泥人形の様に、ぼろぼろと所々綻び、崩壊を始める悪神の肉体。
すると、様々な悪逆非道を繰り返した悪神と言えど、やはり、自身の命を喪うことは恐ろしいのかーーーまるで助けを求めるかの様に、その最早指すら残っていない手を、光流に向かって伸ばし始める。
けれど、その手が光流に届くことはなく。
最後の欠片が紅い炎の中で無へと還ったその瞬間、悪神の肉体もまた、塵となり、この世から消え去ったのだった。
「・・・やっと、終わったんだな。全て」
悪神の最期をその目で見届けた光流が、未だ悪神の居た場所を見つめたまま、感慨深げに口を開く。
「・・・ええ。これでもう、取り敢えず今の所は、この学園が危険に晒されることはないでしょう」
誰にともなく呟いた彼の言葉にそう応えたのはーーーまたもや、いつの間にか隣に姿を現していた葉麗だ。
相も変わらず神出鬼没に出現する彼女に、光流は苦笑を滲ませると
「・・・取り敢えず今の所はってな・・・。今戦い終わったばっかりなんだぜ・・・?せめて、嘘でも良いから今だけは安心させてくれよ・・・」
と、告げる。
が、彼のその言葉に答えるべく、葉麗が口を開こうとしたその瞬間、光流達の居る空間が恐ろしい速さで崩壊を始める。
「な、何だ?!急に如何したんだ?!」
まさか悪神が最期に罠でも仕掛けたというのかーーー?
青ざめた表情でそう取り乱す光流に、こちらも珍しく・・・その秀麗な美貌に明らかな焦りの表情を浮かべつつ、声にも若干の戸惑いの色を滲ませた葉麗が語りかける。
その内容とはーーー。
「・・・良いですか?これは、罠等ではありません。寧ろ、あの悪神が滅んだ為に起きているのです。・・・あの悪神は、この空間と同化をして居た、謂わばこの空間そのものの様な存在でした。では・・・そんな存在が消えたら、遺された空間は如何なるか・・・」
彼女が重々しく告げたその言葉の意味を理解するや、最早青を通り越して真っ白になる光流。
葉麗は、そんな彼に強く頷いてみせると、光流だけではなく、まるで光流を通して彼の中に宿る叶達にもそうしているかの様に、よく通る声で呼び掛けた。
「・・・もう理解されたかとは思いますが、この空間は直ぐに消滅します。そして、此処が完全に消滅するまでに脱出出来なければ、私達も消滅か・・・最悪、異空間の狭間を永久に彷徨うことになるでしょう。ですから、今は兎に角全力で逃げますよ!」
しかし、彼女のその台詞に、光流の内から幽体離脱の如く姿を表した叶が、待ったとばかりに異論を告げる。
『なぁ?わざわざ逃げなくてもさ、あたしの力で空間を切り裂いて出口とか作れないかな?こう、ばさっと』
だが、叶のその提案を、即座にーーー容赦なく、ぴしゃりと一言の元に切り捨てる葉麗。
「駄目です。無理です。却下します」
『えー?!何でだよ?!』
叶は葉麗の容赦ない否定の三連発にもめげることなく、彼女に食らい付く、が
「では、叶さん?考えてみてください。ただでさえ、消滅の危機に瀕し、不安定になっているこの空間を迂闊に切り裂き、バランスを崩せば如何なるか・・・」
葉麗が告げたその内容に、ぐっと言葉に詰まるや、黙り込む叶。
葉麗は、そんな彼女や、未だ青白く顔を染めたままの光流をゆっくりと見回しながら、再度先程の台詞を口にする。
「では、理解もして頂けた様ですし。兎に角今は三十六計逃げるに如かず、で宜しいですね?」




