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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙  作者: 名無し
第一章 真緋の怪談草紙の段
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星天大戦39

 だが、悪神も光流の・・・いや、光流達の覚悟と満ち溢れる闘志に、此処が勝負所と見定めるや、自身に向かって一直線に駆けてくる光流に向かって、未だ封じられている口に代わり、その闇色の無数の触手を一斉に伸ばして来る。


他の仲間達には一切目もくれず、光流のみに狙いを定め、押し寄せる触手の群れ。


それは、まるで漆黒の津波の様に光流の直ぐ目の前まで迫ってくる、が


「成る程、津波の様ですね・・・。宜しい。では、本物の津波を見せて差し上げましょう・・・!」


今まで光流達が聞いたことがない位強い口調で天海がそう告げるやーーーまさに、本物の津波が恐ろしい勢いでうねりを上げながら、悪神に向けて襲い掛かる。


しかし、それでも抗うことを止めず、光流に向けて刃の様に鋭く尖った触手を伸ばし続ける悪神。


それを見た天海と玲は互いに素早く目配せをすると、光流をーーー彼らに残された最後の希望の刃を悪神に届かせる為、残りの全ての力を懸け、互いの術を重ねて放つ。


「「『氷雪地獄変コフィン・オブ・コキュートス』!!」」


すると、みるみるうちに先程天海が放った津波が凍りついていくではないか。


しかも、波そのものだけではなく、ほんの僅かーーーその雫の一滴にでも触れようものなら、触れたものも全て等しく凍り付いてしまうらしく、激しい水飛沫を浴び、津波に飲まれつつあった悪神の身体は、先端にある触手から徐々にぴしぴしと凍り付き始める。


『ォォォォォォ・・・』


悪神という生き物に恐怖という感情があるのかは分からないが、指先より凍りついてはほんの少しの刺激や振動でも砕けていく自身の身体に、まるでこれ以上身体が崩壊することを怖れているかの様な声を漏らす悪神。


その声は低くくぐもっており、野生のーーー手負いの獣の唸り声の様だった。


そんな身の毛もよだつ唸り声を漏らしながら、悪神は自身の欠けた身体と失われた能力を補う為、僅かに触手を、人間の魂を封じている鳥籠に向かって伸ばしていく。


けれど


「それは駄目ー!!!」


これ以上出ないのではないかと思う位の、それはもう大きな声を上げながら、鳥籠に走り寄る楓。


彼女は星のタロットカードを勇ましく頭上に掲げると、悪神をきっと睨み付けながら告げた。


「此所に居る魂はね、貴方にとってはただの食料でも、私にとったら大切なクラスメートや同級生なの・・・。だから、絶対絶対、貴方になんか渡す訳にはいかない・・・!お願い、希望の星のアルカナよ・・・皆を護って!『死を誘う仙后座メテオラ・シンフォニアの調べ』!!!』


楓がそう高らかに叫ぶと同時、空より無数の光る小さな隕石ーーーまさに『星』そのものが襲来し、鳥籠の魂に向けて伸ばされていた触手はおろか、鳥籠自体にも激しく何度も打ち当たり、なんと堅牢であった筈のそれに幾つも大穴を開けることに成功する。


鳥籠の上部や側面等に開いた無数の穴からそれぞれの身体へと戻っていく沢山の魂達。


悪神はそれを阻もうと必死にその触手を伸ばす、が


「「『刀樹刀山クリムゾン・クリムゾン・炎熱地獄インフェルノ』!!!」」


日乃枝と夜叉丸の能力を併せたことにより地面より産み出された無数の燃え盛る炎の刃が触手だけではなく、凍り付いて身動きすらままならない悪神の身を容赦なく串刺しにしていく。


するとーーー本体の危機を察したのか、なんと学園の外壁を伝う様にして、校庭や昇降口等別の場所にいた闇の眷属達が次々に姿を現し始めた。


「くそっ・・・!僕は、こんな所で立ち止まってる訳にはいかないんだ・・・!」


銃剣を振るい、次々悪神の下僕達を切り裂きながら、その顔に激しい焦りの色を滲ませる光流。


と、そんな光流の耳に、不意にーーー非常に聞き慣れた、人を小馬鹿にした様な少女の声が届く。


「しっかたないわねぇ。だったらあたし達が道を作ってやるわよ!!力を貸しなさい、そこの阿呆看護婦!」


「うんうん!!チームワークだねっ!・・・って、えぇ~?!阿呆~?!ミリアちゃんひど~い!」


其処に現れたのは、ミリアと文車だった。


「煩いわね、先ずはあんたから縊り殺すわよ!」


「ふぇぇ~?!やぁだぁ~!!」


光流の前に立ったまま一頻りそう漫才を繰り広げる二人。


しかし、二人共直ぐに真剣な表情に戻ると、徐に背中合わせに立ち始める。


「はぁ・・・あんたみたいな馬鹿と話してても埒があかないわ。いくわよ、準備は良い?文車妖妃」


「もっちろんだよ~!やる気も勇気も気合いも満タンなんだから~!!」


そうして、背中合わせに立ったまま、ぎゅっと手を繋ぐ二人。


すると、その繋いだ手が淡く輝き始める。


「良いこと?人間。絶対に生きて帰ってきなさいよ。あんたを殺すのはこのあたしなんだからね?」


「私はね、ずーっと人間を・・・君を、見てきたよ!だから、君の持つ希望と可能性を心から信じてるの!!」


「「だから・・・行って!!『黒鎖縛魂バインド・オー・ウィスプ』!!」」


二人が声を合わせてそう叫んだ瞬間、ミリアと文車の重ねた手から黒く輝く・・・まるで荒縄の様に太い鎖が現れ、次々と闇の眷属達を縛し始めた。


そんな二人やーーー自分を進ませる為、身を挺して・・・全力を尽くして道を開いてくれた仲間達の姿を横目に見ながら、ぐっと口唇を強く噛み締める光流。


だが、それでも決して彼はその足を止めることはなかった。


(・・・此処まで道を切り開いてくれた皆の為にも・・・僕は、絶対に立ち止まらないーーー振り返ったり、しない・・・!!)


と、最後の足掻きか・・・光流を待ち受ける悪神が、最後の力を振り絞り、その姿を変化させ始める。


人間の、聖母の姿がまるで泥の様にぐちゃりと崩れ、細かな黒い粒子となるとーーー自身が生まれ落ちた、あの空間自体に生じた亀裂の中に吸い込まれていく悪神。


「まさか、逃げるつもりか・・・?!」


咄嗟に、悪神を追い掛けようと光流は背中に炎の翼を出現させる。


だがーーー


『オオオオオアアアアア・・・・・・!!!!!』


獣とも人ともつかぬ壮絶な雄叫びを上げながら、亀裂を突き破り姿を現す悪神。


なんと、その身体はーーー悪神を育んだ、亀裂の奥の闇の空間自体と融合していた。


しかも、空間自体に結び付いた悪神は、なんと学園自体を悪神達の巣窟たる漆黒の空間に変えるべく、学園を包み込む様にその黒い両手を巡らせ始めたではないか。


悪神の黒い両手が支配する面積が増える度、嵐の様に激しい風が吹き荒れ、急に吹き荒び始めた豪雨が容赦なく光流や屋上に居る者達の身体を打ち据えていく。


(・・・くっ!なんて酷い雨なんだ・・・。でも、此処で止まる訳には・・・!)


風雨に押されながらも、一歩、また一歩と絶えず前へと足を進める光流。


すると


「やっぱり、君は如何しても行くんだね?」


強い風に靡く髪を押さえた美稲が、光流の目の前に立っていた。


彼女は揺れる髪を押さえたまま、自身の問いの答えを待つ様に、真っ直ぐに・・・じっと彼の目を見つめ続ける。


そんな彼女の強い視線を正面から受け止めると、「ああ」と一つ頷く光流。


「・・・皆の意思を、願いを、無駄にはしたくない。それに・・・僕自身が、大切な思い出の詰まった場所である此処を守りたいんだ。・・・いや・・・違うな、場所だけじゃない。此所に居る皆を、僕は護りたいんだ」


彼はそう告げるや、美稲が止める間もなく闇の空間の中に飛び込んだ。


「光流くん・・・・・・待ってるからね」


闇に消えていく光流の背中を見つめながら、小さくそう呟く楓。


そんな彼女の目の前でーーーまるでかの十戒でモーゼが開いた海が閉じていく様に、中に光流を取り込んだまま、亀裂は静かにその口を閉ざしたのだった。

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