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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙  作者: 名無し
第一章 真緋の怪談草紙の段
130/148

星天大戦35

 このまま自分が近くに居ては光流まで巻き込み、危険に晒してしまう。


少しでも離れなければ・・・咄嗟にそう判断し、握っていた光流の手を離すと、横たわる彼の身体を精一杯遠くに突き飛ばそうとする楓。


だが、その瞬間ーーーぐっと、強い力で楓の体が抱き寄せられる。


「わぷっ?!何っーーー?!」


何者かの胸に勢いよく頭から埋もれる楓。


同時に、彼女の視界の端で真冬の三日月の様に冴え冴えとした銀色が、ひらりと軽やかに一閃する。


「えっ・・・?何、今の・・・?」


未だ、誰かの胸に半分程埋もれたままの頭を必死にめぐらせ、楓が銀色の・・・まるで刃の様な物が閃いた方を見てみると、そこにはーーー


「・・・これ・・・刀・・・?」


すんでの所で、楓の命を奪わんと伸びた悪神の指を刺し貫き、これ以上の進行を阻んでいる鈍色にびいろに輝く刃があった。


少なくともこの刃が悪神の指を捕らえている間は、楓が、先程の様に突然喉笛を掻き切られそうになるなんてことはないだろう。


「・・・よ、助かった~・・・」


命の危機が去ったことに心から安堵したのか、途端に情けない声を漏らす楓。


そして、彼女は自身を未だ抱き締めたままの人物の方にくるりと向き直るや、わざととても不機嫌そうな表情かおを作り、言ってみせた。


「もう・・・遅刻も遅刻、大大大遅刻だよ?・・・それに、すっごく心配もしたんだからね?これは、何時もみたいに谷中銀座のメンチ食べ放題じゃ許さないんだから!覚悟してよね?光流くんっ」


そう、彼女の振り返った視線の先、其処にはーーー


「・・・へいへい、悪かったよ。待たせてごめんな。メンチだろうが唐揚げだろうがいか焼きやババヘラアイスだろうが、何だってご馳走しますよ、楓女王様」


何時もの様に苦笑混じりにそう告げる、光流の姿があった。


けれど、その見た目・・・様相は、楓達がよく知る『何時もの光流』とは似ても似つかない、全く異なるもので。


恐らく、光流をよく知らない級友達が今の光流の姿を見たとしても、彼が光流だとは全く気付かないだろう。


それ程、今の光流の姿は、何時もの・・・まだ妖の世界のこと等知らず、楓達と無邪気に学園生活を謳歌していた頃の姿とは、酷く変わってしまっていたのだ。


だが、そんな姿の光流を目の前にしても、楓は、怯えたり、拒絶をする様子等一切見せず、それどころかーーー彼を見上げたまま、何時もの様に、にっと弾ける様な明るい笑顔を作ってみせる。


「光流くんってば、金髪も似合うじゃん?そっちの方がイケメンだよ、うん!・・・あ、でもバリバリ校則違反のオンパレードになっちゃうね!やっば、そしたら退学になっちゃうかも?」


そう言って、光流を見上げたまま、けらけらと声をあげて笑う楓。


彼女の輝く様な眩しい笑顔に、光流は、自身の中に生じていた胸のつかえが取れ、代わりに、悪神に戦っていく強い勇気が漲っていくのを感じた。


葉麗達と混ざり合い、変化した自身の姿を鏡等でしっかりと確認した訳ではない。


だが、自分の体のことは自分が一番よく分かる、という言葉の通り、光流も、自身の内に溢れる様な魔力を感じるのと同じくして、あれだけの人数を一度に憑依させ、これだけの力が自身に流れ込んでいるのだ。


以前コーデリアを憑依させた時は常時腕が炎に包まれている等体の一部分の変化で済んだが、何せ今憑依させているのは四人だーーーきっと、さぞ色々と変化をし、人間離れした姿になってしまっている事だろう。


先刻・・・丁度、一度に沢山の人数を憑依させたことへの反動である痛みが治まって来た頃、何処か現実とは乖離した様な思考の海の中で、光流はぼんやりとそんな事を考えていた。


(・・・怖がられるかな・・・)


確かに、仲間達を助ける力を手にしたいとは願った。


だが、それでもーーーいや、仲間達が大切だからこそ


(・・・嫌われる、かな?・・・それは嫌だなぁ・・・)


ーーー『助けたい』でも『嫌われたくない』。


そんな二つの気持ちが、光流の頭の中で、ぐるぐると絶えず渦を巻いていた。


(あー・・・まさか、目が三つや、角が生えてるとか・・・あまりにも人間離れした姿になってるなんて事はないよな・・・?)


大切な友人達を助け、共に戦う力を手に入れようと自ら臨んだ妖達との憑依し交わるという過程の中、光流はそんなぼんやりとした不安を抱えていたがーーー意識が覚醒し、腰に佩いた刀を抜いたその瞬間、彼はその不安が現実になったことを理解した。


銀色に輝く鋭い刀が閃いたそのほんの僅かな瞬間、鏡の様に磨かれた美しい刀身に『今の光流自身の姿』が映り込んだのだ。


その姿に、光流は思わず息を呑む。


何故ならばーーー腰まである金色の長い髪に、銀色に染まった両の瞳、それに彼が今その身に纏っているのは・・・血の様に紅く染まったロングコートだったのだ。


だが、彼が驚いたのはそれらにではない。


彼は、顔の左半分全てに、まるで刺青を入れたかの様にはっきりと浮かび上がっている、五芒星を中心に描かれた玉虫色の大きな魔法陣とーーー額ににょっきりと生えている、二つの角に驚いたのだ。


(・・・これ、何処から如何見ても、完全にノットヒューマンの方か・・・中二病を拗らせた変態コスプレイヤーだよなぁ・・・。・・・皆に嫌がられたら・・・如何するか)


皆に嫌われたら、皆に嫌がられたらーーー両親を共に亡くしたあの日から、例え生きている友人であったとしても、光流は自身の傍から誰かが離れていってしまう事に非常に過敏になってしまっていた。


しかし、目の前に立つ楓は、そんな光流の気持ちを察したのか・・・笑顔で言ってみせたのだ。


『金髪も似合うじゃん?』と。


(ああ、そうか・・・そもそも、見た目が替わった位で嫌われるんじゃないか、とか・・・仲間を疑うこと自体が、きっと間違っていたんだ・・・。あいつらは、そんなやつらじゃないもんな・・・。・・・俺が間違ってたよ、皆・・・)


彼女のその言葉は、まるで『今の姿でも大丈夫、受け入れるよ』と光流に語りかけている様でーーーその言葉に涙を落としそうになるも、ぐっと堪え、自身も何時もの様に笑ってみせる光流。


だが、彼はその笑顔を直ぐに不敵な笑顔に変えるや、告げた。


「さて、じゃぁそろそろ反撃の時間だな?」


勿論、目の前にいる楓も手放しで同意を示してみせる。


「もっちろん!このままやられっぱなしなんて性に合わないもんねっ!!」


そうして二人は走り出すーーー彼らを信じ、命を預け、その身を削って未来への血路を開かんとしている仲間達の元へと。

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