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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙  作者: 名無し
第一章 真緋の怪談草紙の段
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星天大戦32

「全く・・・本当は足止めなんて柄じゃないんだけど・・・仕っ方ないわねぇ。そう言う訳でぇ、ちょぉ~っと大人しくしてて貰うわよぉ!悪く思わないでね、悪神さん!!きゃはははは!」


真っ先に悪神の元に辿り着いたミリアが高らかな哄笑と共にそう告げるや、壁や床等十三階段の至る所から溢れ出す無数のロープの群れ。


と、其処に駆け付けた日之枝が、ちらりと辺りを見回してからミリアに声を掛けた。


「わっちも協力しんす。此処は、力を合わせんしょう。何としても、奴を食い止める為に」


日之枝のその言葉に、ミリアは非常に手触りが良さそうな自身の金髪をさらりとかきあげると、口許に不敵な笑みを浮かべたまま、「んもぅ!本当に、仕方ないわねぇ」とわざと大仰に呟いてみせる。


「言っとくけど、あんた達と力を合わせてやるのなんて今回だけなんだからね!この怪談の女王と共闘出来ること、有り難く思いなさい!」


ミリアがそう告げるや、彼女が出現させたロープに次々と宿っていく真紅の炎。


先程のミリアの言葉を、自身の提案に対する解答と受け取った日之枝が、その能力ちからでミリアの縄に火を点けたのだ。


「へぇ~。味な真似してくれんじゃない。んじゃぁ、行くわよ!花魁!」


「心得た」


ミリアの言葉にそう日之枝が応えるや、一気に跳躍し、悪神の目の前まで踏み込む二人。


そうして、二人は互いの手を重ねると、悪神に向けてその重ねた掌を突き出しーーー己の持てる全力で術を放った。


「「『火のネッスン・ドルマのするところを知らず』!!!」」


瞬間、悪神の足元の床に真っ赤な五芒星ペンタグラムが浮かび上がると同時、その中心から恐ろしい勢いで火柱が吹き上がる。


その勢いや、まさに火刑。


全身を焼き尽くさんばかりに勢いよく燃え上がる炎から必死に逃げようと抵抗を試みる悪神。


だが、悪神は全身をミリアの縄に拘束され、防御はおろか、動くことすら満足に出来ない様だ。


しかも、よく見ると、悪神を捕らえているその縄は、何時ものホームセンターにもある様なただの縄ではなく、縄自体が幾重にも絡み合った・・・神社の本殿にかけられている注連縄の様な、恐ろしい太さをしていた。


加えて、太さが変わったとしても術者であるミリアの意のままに動くという力は健在な様で、まるで獲物を見付けた空腹の大蛇の如く、炎に焼かれる悪神に巻き付きながら、ぎりぎりとその身を締め上げている。


あれが悪神ではなく通常の人間であったなら、先ず全身の骨を粉砕されて息絶えていただろう。


最も、縄に絞められる前に、業火で消し炭になるかもしれないが。


と、悪神に肉薄するミリアと日之枝の頭上から賑やかな声が聞こえて来る。


「先生~!避けてくださ~い!」


「合体技っていうの?俺達もいっちょやってやるぜ!」


その声にミリア達が目を上げると、そこには斥力で空中に浮いている華恵と、相変わらず茶々の乗った熊手にしがみついている情けない達郎の姿があった。


華恵と達郎の意図に気付き、瞬時にその場を離れるミリア達。


すると、何処か艶やかな・・・余裕すら感じさせる声音で、茶々が誰にともなく語り掛ける。


「ふぅ・・・何がいっちょやってやる、か。やるのはそなたではなく妾であろうに・・・。まったく、この阿呆宿主が。まぁ良い・・・彼奴を倒さねば、何れ妾達も喰われる運命さだめ。ならば、その運命さだめ・・・今此処で引っくり返してやろうぞ、悪神よ」


そうして、最後の方は悪神に語りかけながら、茶々がすっと細く白い右手を天に向かって伸ばしたその瞬間ーーー空を覆う黒い雲を割って、遠くの空から沢山の何かが姿を現し始める。


「ちょっと、何?あれ」


それが一体何なのか、目を凝らし、じっと見つめてみるミリア。


次の瞬間、彼女はぎょっと目を見開いて後ずさった。


何故なら、其処に居たのはーーー全身から夥しい量の血を流し、身体中から刀や弓矢の生やした無数の落武者達だったのだ。


それに気付いたミリアは、一瞬で明らかに不機嫌な様子になると、憮然と腕を組み、半ば睨め付ける様な眼差しで茶々を見上げ、彼女に言葉をぶつける。


「うっそ!きっも~!って言うか、あれって亡霊でしょ?やばくない?あんなので攻撃したら、それこそあいつら根こそぎ吸収されて、あの悪神が超パワーアップとかしちゃうんじゃないの?そんな事されたら、折角このあたしが弱らせてやったのに、意味無くなっちゃうじゃない!ばっかじゃないの!信じらんない!」


ミリアの口からぽんぽんと、それこそ水源から水が溢れてくる様に次から次へと飛び出してくる茶々への罵声。


しかし、当の茶々は、そんな罵詈雑言にも涼しい表情かおを浮かべたまま、桐の紋の入った扇子で優雅に口許を隠すと告げた。


「ミリア、と言ったか・・・?そなた、何やら大きな勘違いをしているようじゃのう」


「勘違いぃ?」


茶々の言葉と、あくまで優雅なその態度に尚更目を三角にするミリア。


すると、そんなミリアの様子を見遣り、茶々がふっと微笑んだ。


それは、知識のない彼女への嘲笑か、或いは感情のままに動く幼子同然の彼女を微笑ましいとでも思ったか。


何れにせよ、茶々はミリアを見て笑った、それは紛れもない事実でありーーー恐らく此処に居る誰よりも高慢で、プライドの高いミリアにとって、それはとても許せないことだった。


故に、疾風雷神の勢いを以てミリアは茶々に襲い掛かる。


けれど、ミリアが茶々に肉薄したその瞬間、音もなくーーーまるで風の様な速さで、ミリアの顔の直ぐ目の前に茶々の扇子の先端が向けられた。


その距離、僅か数ミリ。


ミリアの額を冷や汗が伝う。


(この女・・・覇気どころか、殺気すら感じなかった)


茶々に扇子を向けられたままーーー彼女の魂まで凍てつかせる様な殺気に圧倒され、まさに蛇に睨まれた蛙という言葉の如く、全く動けなくなるミリア。


そうすること、数秒。


つい先程までの氷の女帝の如き殺気は何処へやら、茶々がふわりと華やかに微笑むと、ミリアに向かって告げた。


「まぁ・・・今は仲間内で争っていても仕方あるまい。そうじゃろう?怪談の女王とやら」


茶々の言葉に、内心ほっとしたのを表には出さない様にしながら、一言「ええ、確かにそうね」とだけ答えるミリア。


そんな彼女や、心配そうに二人を見つめ・・・もし何か起きたなら止めに入ろうと身構える仲間達に向かって、茶々は優雅に「案ずるな、もう大丈夫じゃ」と微笑んでみせる。


そして、彼女は、再び扇子で口許を隠すと、熊手に腰掛けたまま妖艶に足を組みながら、一同に向かって語りかけた。


「此度のこと、挑発した妾も悪かった。なんせ、久し振りの戦でな・・・気が高ぶっておったのじゃ。そのお詫びといってはなんだが、そなたらも気になっているであろうことを教えよう。あの侍達。彼らは亡霊ではない」


「え?」


「亡霊じゃ、ない?」


茶々の言葉に、顔を見合わせる華恵やミリア達。


茶々はそんな彼等の様子を見つめながら、言葉を続けていく。


「彼らは、憎き徳川に討たれ、滅ぼされて逝った者達の『怨み』や『無念』、『憎しみ』等の怨念が人の姿を為した、謂わば『思念体』というべき存在じゃ。故に、魂ではなく、悪神に喰らわれる事もない。まぁ、よしんば喰われたとしても・・・彼等の余りの恨みの深さと、その業に、悪神の中に吸収されている『人』の魂達の方が発狂し、妾達を襲うどころではなくなるじゃろうて」


ころころと微笑みすら浮かべながら、茶々が語った余りに凄惨な内容に、聞いていた華恵やミリアは思わず顔をしかめた。


と、不意に茶々が「ふむ。そろそろ頃合いじゃな」と声をあげ、空を見上げる。


彼女につられる様に空を見上げる華恵達。


彼女達の瞳に映ったのはーーーまるで蝗の大群が空を覆うが如く、黒々と空を埋め尽くす、落武者達の軍勢。


その数、恐らく十万以上。


鬨の声を上げながら、軍勢が悪神に向かって一気に突っ込んでいく様を、何処か誇らしげな眼差しで見つめながら茶々がその紅い唇を開く。


「刻は満ちた・・・。さぁ、妾の愛すべき豊臣の家臣達よ。直ぐに晴れるものではないとは分かっているが、それでも・・・徳川に対する積もりに積もったその怨み、あの悪神の身で晴らしてくるがよい。少しは気も紛れるじゃろうて。・・・さぁ、行くが良い。怨みを存分に晴らすが良い。・・・悪神よ、そなたは、この実体すら持たぬ怨嗟の塊達から逃げられるかな?」

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