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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙  作者: 名無し
第一章 真緋の怪談草紙の段
124/148

星天大戦29

一同の間に落とされる、一瞬の沈黙。


それを最初に破ったのはミリアだった。


「へ~ぇ?天下に名を轟かす妖刀が、肉体が死しても尚遺る・・・人の欲望の権化である妖怪『悪神』を討つなんて、洒落が利いてるじゃなぁい!きゃははは!」


そう高らかに笑うミリアの声を何処か頭の遠くで聞きながら、ただじっと村正を見つめ続ける光流。


彼の頭の中には、自身は一応剣道を習った身ではあるが、名のある剣士でもなければ腕の立つ剣豪でもないーーーしかも、現在はその剣道すら辞めてしまった、そんな自分に、こんな名刀を扱えるのか、否、扱う資格があるのか。


加えて、最近の光流は、前述した様に剣道から離れて久しく、竹刀ですら長らく握っていないのである。


そんな彼が行き成り真剣を手にして、果たして扱いきれるものなのかーーーその二つの疑問がぐるぐると渦を巻いていた。


すると、まるで彼のそんな考えを見透かした様に、美稲が光流に声をかけてくる。


「刀が君を選んだのだよ。だから、君は何も心配なんてしなくて良いのさー。大丈夫大丈夫。ねっ?」


「・・・ああ。ありがとうな」


他の人が言うと、きっととても軽く・・・無責任にすら聞こえるであろう言葉も、美稲の向日葵の様な笑顔で言われてしまうと、不思議と信じられる様な気がしてしまうから不思議だ。


(・・・そう、だよな。きっと、大丈夫だ。自分を・・・この刀や仲間を、信じよう。それに・・・僕も、もう、あの時みたいな後悔は、絶対にしたくない・・・)


光流の中で、あの時のーーー学園の乗降口に繋がる正面階段で闇に襲われた時、彼が叶との共闘を頑なに拒んでいたが為に、結果として全員の命を危険に晒してしまったという苦い記憶が、まざまざと蘇る。


その辛い記憶を振り払う様に、軽く頭を振る光流。


そうして、彼は村正を強く握り締めると、そのまま玲に向き直った。


彼は玲に正面から向き合うと


「さっき言ってた・・・叶姐さんや、雲外鏡先生達の力を借りたら、あいつが倒せるかもしれないって話、乗ります。本当は、如何して彼等なのか、理由とかも深く知りたいですけど、今は話してる時間なんてないですから。だから、今、僕は如何したら良いのか・・・先ずはそれだけ教えてください」


と、告げる。


光流のその言葉に、明るく破顔すると「勿論だよ」と答える玲。


「君にして欲しいことはただ一つ。叶さんと雲外鏡、それにコーデリアちゃんと滝夜叉姫様を、同時に君の身体に憑依させて欲しいんだ」


「へっ?!四人いっぺんにですか?!」


玲が告げた、その全く思ってもみなかった提案に、驚き目を見張る光流。


確かに、此処に来る数時間前・・・永遠の桜の都“朧”にて、光流は葉麗から説明された。


『その肉体からだは、謂わば、霊魂用の団地やマンションの様なもの。貴方の魂が、許容量を越えて壊れてしまわない範囲で、霊や付喪神等の超自然的な魂をその身に宿し、彼らの力を借りて戦うことが出来るのです』と。


故に、原理や理屈としては、光流が一気に四人を憑依させることは可能な筈だ。


しかし、それも全ては『光流の魂が壊れなければ』の話であり、万が一にも、憑依に耐えきれず、光流の魂が崩壊してしまえば、作戦がどんなに成功していたとしても全ては元の木阿弥・・・水泡に帰してしまう。


それに、宿主である光流の魂が壊れてしまった場合、彼のなかに宿っている他の霊達は一体如何なってしまうのか。


光流の魂と共に滅び行くか・・・或いは、消え去った光流の魂に替わり、彼の肉体の新たなる主となるのか、どちらにせよ、光流にとっても、彼に憑依する者達にとっても、かなりリスキーな作戦だと言わざるを得ない。


けれど、光流は、一瞬の逡巡の後


「分かりました。僕、やります」


そう、はっきりと言い切った。


そして、彼は叶達ーーー玲により同時に憑依させて欲しいと指名された四人の顔を順に見つめながら


「あの悪神を倒す為、如何か力を借してください。宜しくお願いします」


と、頭を下げる。


そんな光流の様子に、元より彼や彼の仲間達に好意的であった叶は「ちょ?!頭なんて下げんなよ!あたしら友達だろ!力なんて幾らでも貸してやるって!」と、慌てふためきながら助力を快諾し、最初から彼のパートナーであったコーデリアも彼の言葉に強く頷き、承諾の意を示してみせた。


けれど、その真意が読めない為、光流だけではなく、ある意味では楓等他の仲間達からも警戒されている雲外鏡は、妖しい笑みを口許に浮かべたまま


「協力だァ?ったく、面倒くせェな・・・。如何しようかねェ?ああ、もしもお前さんがその身体を検体として提供するってんなら受けてやっても構わねェぜ?」


と、嘯いてみせる。


しかし、光流は真っ直ぐに雲外鏡を見つめると「分かりました。良いですよ」と言い切った。


彼のその返答に、聞いていた楓や華恵達だけではなく、取引を持ち掛けた雲外鏡すらも心底意外そうに・・・まるで、その返事の裏にある光流の真意を読み解こうとしているかの様に、すっと目を細める。


「おい、ガキ。てめェ、分かって言ってんのか?俺は、お前さんのその体を研究と実験の為に寄越せっつってんだぜ?」


だが、雲外鏡のそんな剣呑な様子にすら、覚悟を決めた今の光流は一切動じることはなく


「ええ。分かってますよ、雲外鏡先生。ですが、貴方が力を貸してくれることで、今この学園にいる人達や、これからあの悪神の毒牙にかかるであろう全ての人々を僕達は未然に救い出すことが出来る。それさえ叶うならーーーそれを見届けた後なら、僕は貴方に切り刻まれようが苦ではないし、後悔なんて絶対にしません」


そう、決然と告げてみせた。

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