星天大戦⑲
「はぁぁぁっ!!!!」
気合一閃ーーー華恵の咆哮の様な声が辺りに響き渡ると同時、彼女の巨大なハンマーが、悪神の強固な呪により並大抵の力では開かぬ様固定された屋上へと繋がる扉にめり込む。
まるで、紙屑の様にいとも容易く折れ曲がりながら、吹き飛ばされていく鉄の扉。
本来ならばかなり重い筈のそれは、勢いそのままに屋上のフェンスの外まで吹き飛び、終いにはがしゃぁぁんというけたたましい音を辺りに響かせながら地面に激突する。
そんな、開戦の合図にしては余りに騒々し過ぎる音を背中で聞きながら、一歩、悪神の塒たる屋上へと足を踏み入れる光流達。
瞬間、光流達の目に飛び込んできたのはーーー彼らが想像していた以上の惨事となっている屋上の全景であった。
「・・・これは・・・予想以上だな」
霊魂や霊的存在達にとっては地獄とすら言えるその光景に、光流は思わず息を呑む。
何故ならば、彼らの目の前に在ったのは、待ち受ける死の運命に嘆き悲しむ、蛍の様に仄かに輝く無数の球体ーーー恐らく魂魄であろうそれを収容した、巨大な黒い鳥籠だったのだ。
屋上の真ん中に君臨するその漆黒の鳥籠は、一見すると、造りも細工も瀟洒でかなり美しく、高名な匠の作り上げた高価な芸術作品の様にすら思える。
けれど、内に捕獲した魂が逃げようとしたその瞬間、まるで虫を見つけた食虫植物の様に、鳥籠は光流達の目の前で本性を露にした。
そうーーーなんと、ただの細工にしか見えなかった可憐な薔薇から、目にも止まらぬ速さで一気に棘が伸び、逃走しようとした魂を串刺しにして捕獲したのである。
そうやって捕まえられた魂は、二度と逃げ出したりすることがない様その身を貫かれたまま、悪神に喰らわれるその時まで鳥籠の中に囚われ続けることになる様だ。
しかも、性質の悪いことに、あの鳥籠による攻撃や、鳥籠の中の空間自体では魂がどんなに傷付こうと消滅してしまったりする事はないらしい。
確かに、今も光流達の目の前で、手荒い捕獲により傷付いた魂達が収容され続けている。
だが、その全ての傷が、魂が鳥籠の中に入った瞬間、たちどころに消えているのだ。
つまり、この鳥籠は、まさに、生かさず殺さずーーー悪神の為に魂を捕獲し、死なない程度にそれらを保護する、そういう装置らしい。
「・・・外道だな」
吐き気がするーーー鳥籠が魂を捕獲する様を見つめながら、吐き捨てる様に言う日之枝。
日之枝の隣に立っていた文車も、彼女の言葉に大きく頷くと「うんうん!早く助けてあげないとね!」と強く同意を示す。
一方、文車の反対隣に居た天海は、手を翳して辺りの様子を窺いながら
「悪神の姿が見えませんね・・・?何処に行ったのでしょう?まさか、別の場所に移動をしたのでしょうか?」
と、仲間達に問い掛けた。
彼の言葉にはっと表情を変える光流。
(・・・先生の言う通りだ)
あの圧倒的な存在感故に、屋上に入ったその瞬間から、光流達は黒い鳥籠にばかり目がいってしまっていたがーーー確かに、肝心の悪神の姿が、何処にも見当たらないのだ。
(嫌な予感がする・・・・・・)
天海に倣い、油断なく周囲を警戒する光流。
すると、彼の直ぐ目の前の空間に、縦に妙な・・・数センチ程の黒い線の様な、小さな亀裂が走り始める。
「・・・なんだ・・・?」
(まさか、何かの罠か・・・?)
そう警戒しながら、光流がじっとその亀裂を見つめ、様子を窺っているとーーー不意に、まるで舞台の閉じた幕を抉じ開けるかの様に、横に大きく裂ける亀裂。
長さにすると、三十センチ程はあるだろうか。
突然変化したその亀裂に、光流が目を離せぬまま、ついじっと見つめているとーーーなんとその真ん中から、行き成りにゅっと黒い人間の手が出現したではないか。
「っ・・・??!」
一瞬驚きに目を見張るも、咄嗟に後退し、なんとか黒い手との間合いをとることに成功する光流。
「やっぱり罠だったか・・・。それにしても、何なんだ・・・?あの手は・・・。えらく不気味だな」
彼は漆黒の手から距離をとりつつも、警戒を怠らず、亀裂から目を離さぬまま、そう小さく呟いた。
と、そんな光流の目の前で、更に大きくーーー今度は縦に裂け始める亀裂。
同時に、亀裂から覗く何者かの『目』。
目全体が黒く、人間であるならば本来在るべき筈の白目が全く存在しない、その濁りきった漆黒の眼差しと、光流の視線が交差する。
瞬間、光流の背筋を言葉では言い表しがたい、とてつもない悪寒が駆け抜けた。
(何かが、来るーーー!!)
学園でシャーロットに出逢った時に感じた圧力とは比べものにならない、強く大きなプレッシャーが光流の全身を襲う。
生きとし生ける者その全ての生命の息吹を奪い去り、細胞の一つまで残らず凍てつかせる様な・・・そんな、冷酷さと悪意に満ちた強い威圧感。
だが、その強すぎる威圧感に、光流は却って確信を抱く。
これから来るのは、悪神だ、とーーー。




