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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙  作者: 名無し
第一章 真緋の怪談草紙の段
103/148

星天大戦⑧

 彼女の話を聞けば聞く程、葉麗のことを信頼するーーーいや、『信頼したい』強い気持ちと、学園に住まう危険な妖怪達への警戒から生じる『不信感』。


その二つが彼の内で激しく鬩ぎ合い、まさに『半信半疑』の状態になる光流。


だが、葉麗が次に告げた言葉は、そんな光流の戸惑いや葛藤等容易く打ち壊す程の威力を秘めたものだった。


それはーーー


「第一、貴方は彼らを妖怪や怪談と言いますがね?彼らは、本来は、其処に通っている子供達を護る土地神の様な存在なのですよ?」


彼女のその台詞に、光流は驚きに目をこれでもかと見開くと、本日何度目かの絶叫を上げる。


「はぁぁぁあああ?!」


まるで脳天から突き抜けるんじゃないかと思う位の光流の大絶叫に、思わず両手で耳を塞ぐ葉麗。


そうして、彼女は耳を塞いだままで、彼に説明を加えていく。


「まぁ、考えてもみてくださいよ。彼らにとって、人間ひとの持つ感情は、大切な、生きていく為の糧なんです。そんな彼らが、そう簡単に人間を手にかけると思いますか?」


そう問い掛ける彼女に対し、真っ向から反論する光流。


「そりゃそうだけど・・・って、いやいやいやいや、それじゃこれから喰われる家畜と変わんなくないか?!大切に育てて、見守って、最後には感情を喰うって・・・僕達はあいつらの食糧じゃないんだぞ!」


最後の方はまるで彼女に言葉をぶつけるかの様に、語気も荒くそう告げる光流に対し、葉麗は依然として冷静さを保ったまま、努めて物柔らかに彼に言葉を投げ掛ける。


「・・・確かに、そうですね。私の言い方が悪かったかもしれません。すみませんでした」 


先刻見せた氷の様な眼差しが嘘の様に、素直にそう謝辞を述べる彼女を見つめ、光流は少しだけ拍子抜けした様な表情をその顔に浮かべた。


そんな彼に対し、あくまで穏やかな姿勢は崩さぬまま、葉麗は話を続けていく。


「彼らと出逢ったばかりの貴方には、まだ分からないかもしれませんが、彼らは本当に、『学校』という場所に住まう土地神なのです」


彼女の話に率直な感想を返す光流。


「信じられないな・・・」


葉麗は、そう告げる光流を見つめ、何処か悲しげにも見える苦笑をその端正な容貌に浮かべると「今は、そうかもしれませんね」と小さく呟いた。


そして、その哀切を滲ませた瞳で光流を捉えたまま、彼女はまた語り出す。


「ですが、彼らは確かに、『人間に害を為す者』ではなく、寧ろ『人間を守護する者』なのですよ。・・・ただ、今はその力もかなり弱くなっている様ですが」


「弱くなってる・・・?何でだ?神様とかってさ、絶対に弱くなったり、死んだりしない、無敵な存在じゃないのか?」


葉麗が語りかけるその内容に、光流は、感じた疑問を率直に彼女にぶつけてみる。


すると、葉麗はその容貌かおに浮かべていた苦笑を更に深め


「何を馬鹿な事を・・・。当たり前でしょう?土地神とて、この世に生を受け、生きている、『命在る存在』です。故に、彼らとて病魔に冒されることもあれば、命を落とす事もあるのですよ」


と、告げた。


「・・・そうなのか?なんか、意外だな」


葉麗の言葉を聞いた光流は、腕組みをしながら、神様が熱を出して寝込んでいる様を想像してみる。


(・・・思ったよりやっべぇな)


頭上に金の輪を浮かべ、更に背中からは天使の様な純白の羽を生やした老人が、口には体温計をくわえ、頭には氷嚢を乗せた状態で風邪で寝込んでいるという余りにシュールな光景を脳裏に浮かべ、引き攣った様な笑みを浮かべる光流。


葉麗はそんな光流に、ただただ静かで・・・それでいて、何処と無く哀しみの色の宿った瞳を向けたまま、ふと、問い掛けた。


「では、近藤くん?つい今し方、私は神様でも病になる事がある、とお話をしましたが・・・それでは、その、神様が病気になる原因というのは一体何だと思いますか?」


彼女の突然の質問に、光流はうんうん唸りながらも必死に答えを考える。


そうして、光流が考え込んだまま、ほんの一分程の短い時間が過ぎた時、葉麗がやおら口を開いた。


「・・・残念ながら、時間切れです。何故、神様が体調を崩すのか。正解はーーー『人間が信頼してくれなくなったから』ですよ」


「人間が、信頼してくれなくなったから・・・?」


全く以て思ってもみなかった答えに、光流は思わず答えを聞き返す。


すると、葉麗は小さく頷きながら、彼の考えているであろう疑問に答えていく。


「はい。人間が、彼らの存在を信じなくなってきてしまった・・・。故に、彼らの学校を護る力は弱まり、また、彼ら自身も病にその身を蝕まれたり、消滅の危機に瀕したりしているのです」


けれど、そう語りかける葉麗に対し、光流は少しだけ考える様な素振りを見せると、直ぐに顔を上げ、彼女に問い掛けた。


「いや、けどさ?人間が信じなくなったっていうのはちょっとおかしくないか?だってさ、神様にしたって、初詣や受験の前とかは皆、未だによく神社や寺に行ってるだろ」


受験シーズン等にテレビでよく見かける、寺社仏閣の大層賑わっている様子を頭に思い浮かべながら話す光流。


そして、次に光流は、休み時間の教室等で怪談や七不思議を姦しく話し合うクラスの女子の様子を思い出しながら、葉麗に話し掛ける。


「それに、妖怪にしたって、僕みたいに怖がる奴や、その存在を信じて、怯えてる奴もいると思う。だからさ?神様にしても、妖怪にしても、信じてる奴ってどっちも、結構な人数がいると思うぞ?」


そう彼なりの考えを告げる光流に、葉麗はその悲しげであった目元をほんの少しだけ綻ばせると


「・・・そう、かもしれませんね。ですが・・・自分の困った時だけその力に縋り、用がない時は参拝どころか見向きもしない。果たして、それは『信じている』と言えるのでしょうか?」


柔らかく、しかし毅然とした調子でそう告げた。


その内容に、光流は言葉を失い、思わず黙り込む。


葉麗は、暫しそんな彼の様子を見つめていたが、その内、壁の向こうからじっと此方の様子を窺う『彼ら』の方に視線を移すと、目線は『彼ら』に向けたまま、光流に語りかけた。


「・・・古来より、日の本の民は、野に咲く草花や滴る雨露等、その全てに魂の息吹を感じ、ときに敬い、ときに畏れながら、共に永い刻を生きてきました。今は妖怪や怪人、総じて『怪談』と呼ばれる彼等に対しても、以前は恐怖だけではなく、その存在の何処かにほんの少しの親しみと、畏敬の念を以て接していたものです」


何処か詠う様に、そう言葉を紡いでいく葉麗。


彼女は尚も、話を続けていくーーー壁の向こうの彼らに、まるで昔を懐かしむ様な、懐古的な眼差しを向けたまま。


「彼らがまだ、怪談として全盛期を誇っていた頃・・・あの頃人間は、妖怪だけではなく同じ人間に対しても、尊敬や信愛の情を以て日々を過ごしていました。ですから、あの時代には、パワハラやいじめ等が今ほど存在していなかったものです」


「えっ?そうなのか?」


「はい。第一、パワハラ等という言葉は最近出来た言葉でしょう?昔にも、確かに今でいうパワハラをする上司やいじめてくる同級生等、理不尽なことはありましたよ。ですが、今と比べればかなり少ないと言えるでしょう。あの頃は、まだ人間が、目に見えぬものだけではなく、互いを尊重し、生きていましたから」


「・・・互いを、尊重・・・」


「ええ。ですが、時は移ろい、この現代では、人は皆自分以外の他者を思いやる気持ちや、神々・・・目に見えない者達への崇敬の念すら忘れ、日々己の事ばかりを考え生きる様になってしまいました」


光流や人間を責めるでもなく、ただ彼女の思う事実だけを淡々と述べる葉麗。


彼女の投げ掛けるその言葉の一つ一つに、思い当たる節が多分に在った光流は、返す言葉もなく押し黙り、ただじっと彼女を見つめる。


「それだけではありません。人間は、昔はあれ程畏敬の念を抱いていた闇を全く怖れなくなりました。それどころか、真夜中であっても、まるで昼間の様に街を明るく照らし、徐々に妖や一部の土地神等、目には見えぬ者達が長年暮らしてきた闇をーーーその、居場所を、奪いつつあるのです」


(人間が、妖怪や土地神の居場所を奪ってる・・・。そう言えば、確かに、最近は夜でもちゃんと暗い場所って少なくなってきたよな)

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