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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙  作者: 名無し
第一章 真緋の怪談草紙の段
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星天大戦⑦

 そして、彼は諦めきったかの様な力ない笑みを口許に滲ませたまま、念を押す様に雲外鏡に問い掛ける。


「・・・これは・・・あんたがやったってことで、良いんだな?先生」


光流のその質問に、淀みなく答える雲外鏡。


「あァ、違いねェ。如何だい?礼でも言う気になったか?坊主」


「礼って・・・あんたなぁ・・・」


そう、さらりと告げる雲外鏡に、光流はがっくりと脱力しつつ、再度頭を抱える。


「・・・勝手に患者の体を魔改造するとか、日本じゃ犯罪だぞ・・・いや、朧も日本か」


自分の発言に、自身で突っ込みを入れる光流。


だが、その突っ込みに何時ものキレはない。


『本来目には見えない筈の者達が行きなり見える様になってしまった』という事実が、光流に重くのし掛かっている様だ。


(・・・僕は、一生このままなのか・・・?)


頭を抱えたまま、一人悶々とそんな事を考える光流。


(・・・何処に行っても、きっと、こうして霊が見えて・・・心が休まる時なんて無くなるんだろうなぁ・・・)


そもそも、コーデリアと契約してしまった時点で、彼には既に心穏やかに過ごせる平穏な日々等消え去ったというのに、それでも未だ自身には普通の日常が送れると信じているのか、若干目を潤ませ、その瞳に涙を滲ませつつ、そんな事を胸中で深く嘆く光流。


(ああ・・・もう、ずっと逃げられないんだ・・・ん?ずっと?)


果たして先程、雲外鏡は、光流はずっとこのままだと言っていただろうか。


いや、言っていない。


彼は断じてそんな事言ってはいなかった。


そう思い当たるや、光流は一縷の望みをかけ、早速雲外鏡を問い質す。


「な、なぁ?先生。この、霊が見えるのってさ、何時かは見えなくーーー」


「ならねェよ」


「・・・デスヨネー」


雲外鏡の言葉のデッドボールに、ただでさえ弱っていた心と最後の希望のぞみを木っ端微塵に打ち砕かれ、力なくぱたりと廊下に倒れ込む光流。


(うぅっ・・・やっぱり、僕は一生・・・死ぬまで、このままなんだ・・・)


楓は、悲嘆に暮れる光流の肩をぽむっと叩くと


「なんかよく分かんないけど、まぁ良いじゃん?霊が見えるんでしょ?なら、テレビに出て有名になれっかもよ!そうすると、ほら、光流くんがファンのアーティストともお友達になれるかも!」


そう、色々間違った激励をしてくる。


しかし、これはこれで彼女なりに考えた末の励ましなのだろう。


テレビ出演はしないまでも、光流は、その言葉だけは有り難く受け取っておくことにした。


と、楓が触れているのとは反対側の光流の肩に、彼女とは別の誰かの手がぽんっと置かれる。


まさかこの面子で楓以外にも僕を励まそうとしてくれる人がいるのかーーー。


(いや、天海先生や玲さんなら、有り得るな・・・。或いは・・・もしかして・・・文車妖妃か?)


雲外鏡に勝手に人体改造をされたことで、ちょっとした人間不信兼妖怪不信に陥っていた光流は、やや嬉々とした表情で、己の肩に置かれた手の主の方へと顔を向ける。


すると


「ーーーえ」


今までにない位、穏やかで柔らかで、まるで聖母の如く慈愛に満ち溢れた微笑みを浮かべている葉麗と視線がぶつかった。


その瞬間、光流は確信する。


(こいつ、絶対にこの状況を楽しんでるな)


と。


これでもし、彼女が華恵や文車であったなら、光流も、その慈母の様な笑顔を見た瞬間、ああこんなにも彼女は自分の事を心配してくれていたのかと感涙に咽んだに違いない。


けれど、相手はあの結城葉麗だ。


彼女の正体を知り、共に行動する様になってから早数時間。


彼女が、バイト先等の人間社会では上手に押し隠しているその本質的な性格を、少しずつではあるが、掴みつつある光流。


そんな彼から言わせると、今彼女が浮かべている、あの徳を積んだ立派な聖人の様な笑顔は、何か良からぬ事を考えている前兆しるしらしい。


そうして、案の定と言うか、美しい笑顔で光流の肩に手を置いたまま、葉麗はさらりと言ってのける。


「まぁ、良かったじゃないですか?わざわざ彼らを探す手間が省けたのですから」


「・・・はぁっ?」


彼女の、予想もしなかったその台詞に、思わず間の抜けた様な声を上げる光流。


(・・・探す?あいつらを?いやいやいや探す必要なんかないだろ。と言うか、第一、何で僕があいつらを探さなくちゃいけないんだ)


そうやって一人頭をフル回転させる光流を横目に、葉麗は更に言葉を並べ立てていく。


「そもそも、貴方がこうしてパニックを起こすだろうと言うことは予想していたんです。ですから、私は、ちゃんと彼らを紹介して差し上げるつもりだったんですよ?それに、先刻も・・・。貴方があの少女を救出しようとした時、私はこうなる事が分かっていたから、止めようとしたのに・・・。他人ひとの制止も聞かず、勝手に突っ走って・・・」


その勢いや、まさに立て板に水の如く。


しかも、彼女が語るその内容に心当たりしかない光流にとっては、彼女が話す言葉の一つ一つがまるで棘の様にぐさぐさと心に突き刺さって来る訳で。


そんな現状に耐えられなくなり、光流がせめて一言『相手が霊だろうと人間だろうと、あの時は一刻を争う様な事態だったんだ』と彼女に反論しようと口を開きかけたその時、ほぼ同時に葉麗がまた話し出す。


「ともあれ・・・まぁ、彼らを発見、保護出来そうなのは、本当に大きな収穫です」


先程までの胡散臭さ全開の輝く様な笑顔ではなく、真剣な表情に戻り、そう告げた彼女に、思わず光流は問い掛ける。


「なぁ?さっきから、あいつらを見つけられて良かったみたいに言ってるけど、それって何でなんだ?」


「何で、とは?」


光流の質問に、その意図が分からなかったらしい葉麗は、彼の問うた質問を、そのまま鸚鵡返しに彼に返す。


すると、光流はやや険しい表情を浮かべ、声のトーンを幾分か落とすと、葉麗に告げた。


「いや、だってさ?あいつら、学校に住む七不思議とかそんなんだろ?それって滅茶苦茶悪霊の仲間じゃないか。しかも、あいつらの中には、姿を見てしまったら殺す、とか、異次元に引きずり込むとか、ヤバイ奴も沢山いるだろ。何で、そんな奴等を見つけ出して、保護までしなきゃいけないんだよ」


憮然とした表情でそう言い切る光流を、暫し葉麗は見つめていたが、やがて、その頬にかかっていた長い黒髪を、耳の後ろへとさらりとかきあげると、光流を真っ直ぐに見つめたまま、彼に問い掛けた。


「成る程・・・。貴方は、そう思っている訳ですね。だから、彼らを保護と言った私の言葉に納得がいかない、と。ならば、逆に貴方にお聞きしますが・・・貴方は、本当に、彼らに殺された人物や、異次元に引きずり込まれた人物を見ましたか?」


彼女のその質問に、そんな事今まで一切考えてもみなかった光流は、一瞬、虚を突かれた様な表情かおを浮かべるが、直ぐにまた憮然とした表情に戻ると、負けじと彼女に言い返す。


「僕が見た事は、ない。ない、けど・・・噂になってるじゃないか。沢山浚われたり、殺されたりしてるって。前に、火の無い所に煙は立たずって習ったけどさ、これって、そういう意味だろ?あいつらが本当に誘拐や人殺しをしてなきゃ、そんな噂が立つ筈ないじゃないか」


そう捲し立てる光流を、冷ややかな表情で見つめる葉麗。


しかし、彼女はやがて口を開くと、静かに光流にこう告げた。


「火の無い所に煙は立たずを知っているなら、百聞は一見に如かず、という言葉は御存知ありませんかね?」


彼女の話した言葉と、余りに静謐なその様子に、思わずたじろぐ光流。


すると、葉麗は、そんな彼に静かな眼差しを向けたまま、まるで母親が幼子を諭すかの様な柔らかな口調でゆっくりと、穏やかに、話し始めた。


「・・・確か、朧でもお話したと思いますが。妖怪達の中には、人間の『恐怖』や『驚き』等の感情を糧に、日々の命を繋いでいる者達もいます。そして、此所に居る、この学園で暮らす妖怪達もまた、そんな者達の一人なのですよ」


そう語る彼女の表情は、晴れた日の波一つ立っていない海の様に非常に静やかで、いつの間にか、光流は文句を言うことも忘れ、葉麗の話に聞き入っていた。


その胸の片隅に


(・・・『恐怖』や『驚き』を糧にするなんて、あいつらはやっぱり危険な奴等じゃないか)


そんな、拭い切れない不信感を燻らせたままーーー。


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