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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙  作者: 名無し
第一章 真緋の怪談草紙の段
100/148

星天大戦⑤

 「よしっ・・・!」


何とか校舎内への侵入経路を確保する事に成功し、小さくガッツポーズをとる光流。


そんな彼を見遣り


「ほォ・・・まだまだひよっこだと思っていたが・・・あのガキ、中々やるじゃねェか」


と、小さく呟く雲外鏡。


そうして、彼は光流が扉に開けた風穴から中に入る際、超高温の炎により融解され、今や扉の形をした鉄枠に僅かに残るのみとなった硝子の残骸に触れると


「・・・こいつァ面白くなりそうだ」


誰にともなく、そう、ひとりごちた。


見ると、その口許には、うっすらと妖しげな笑みすら浮かんでいる。


それは、まるで、新しい玩具を見付けた無邪気な幼子の様な、とても愉快そうで、それでいて、何処か残酷さを秘めた、そんな笑みで。


しかし、生来の鈍感さ故か、はたまた雲外鏡を心底から信頼しているのか・・・彼に続いて校舎に侵入した楓や、先に中に入って倒れている生徒達の安否を確かめている光流は、雲外鏡の様子の変化に等気付く気配は全くない。


それどころか、楓は、雲外鏡の腕を強く掴むと、生徒達が倒れている方へと引っ張って行こうとする。


「先生!ほら、怪我人だよ!早く早く!」


「・・・あァ?五月蝿ェな。俺は慈善事業ボランティアはしねェ主義なんだよ」


同じ学園に通う生徒達を一人でも多く救おうと、強い意志が宿る瞳でそう告げる楓に対し、膠も無く断る雲外鏡。


楓はそんな彼の返答が気に入らなかったらしく、まるで焼いた餅の様にぷくぅっと頬を膨らませると、雲外鏡を見上げ、文句をつけ始めた。


「何で?!だってお医者さんなんでしょ!お医者さんは人を救うのがお仕事なんじゃないの?!」


耳元とまではいかなくとも、割りと近い距離で、ピーチクパーチクと元気に不平不満を言い募る楓の様子に、深い溜め息を漏らす雲外鏡。


だが、残念ながら『空気を読む』という能力スキルは産まれる前に母親の胎内に忘れて来てしまった楓が彼のそんな辟易した様子に気付く筈はなくーーー寧ろ、面白そうだと便乗してきた文車も加え、二人で騒々しく捲し立て始めた。


「何で助けてくれないの!?先生のけーち!!ケチケチケチケチケチー!!いーだ!!」


「あははー、そうだよ~!雲外鏡のケチケチ星人~!」


テンション全開フルスロットルで騒ぎ始めた二人を静かに見下ろしていた雲外鏡のその額に、やがて、ぴきっと青筋が浮かぶ。


けれど、それに気付くことなく尚も騒ぎ立てる楓と文車。


「先生さぁ、あんまケチケチしてっとハゲちゃうよ!」


楓のその一言に、雲外鏡の額の青筋がもう一本増える。


流石に、二人が余りに大きな声を出すもので騒ぎに気がついた光流が「二人とも、そろそろその辺で」と事態の収束を図るが


「光流くんまでなんで~?!だって悪いのは先生だよ?!こんなに沢山怪我人がいるのに、ちっとも助けてくれないんだもん!」


と、寧ろ火に油を注ぐ結果に終わってしまう。


そんな不甲斐ない光流に舌打ちをし、雲外鏡が(いっそ物理的に黙らせるか)と銃の引き金に指をかけようとした瞬間


「ぅわっ?!何だ何だ?!」


一同の目の前に、突然、大きな闇で出来た漆黒の球体が、正面にある上へと続く階段から転がってきた。


二体とも、まるでサッカーボールの様に綺麗な丸い形をしているが、よく見ると、一体は体の上部に、理科室を通過した際にでも巻き込んだのであろう人体模型を、もう一体はーーーかなり青ざめた顔色で、ぐったりとした様子のおかっぱの女の子を、その体に取り込んでいる。


「おいおい、あれはマズイだろ・・・」


早くあの女の子を助けなければーーー。


(このままじゃ、あの闇に完全に取り込まれる・・・!)


そうなれば、恐らく、あの女の子は最早生きてはいられないだろう。


しかし、少女は既に首元まですっぽりと闇に包み込まれ、辛うじて首から上だけが出ている状態だ。


彼女のその状態を見るに、もう、一刻の猶予もないだろう。


そう状況を判断するや、瞬時に左腕に炎を纏い、漆黒の球体に向けて殴りかかる光流。


だが、そんな光流に対し、何故か静止する様声を飛ばす葉麗。


「待ってください!近藤くん!落ち着いて!彼女はーーー」


けれど、彼女がそう言い終わるより早く、光流の炎を宿した拳が暗黒色の球体を貫いた。


同時に、先程の昇降口周辺に居た闇の塊と同様、さらさらと砂の様な粒子になると、やがて消え去る悪神の眷属。


解放された少女は、力なくその場に崩れ落ちるも、駆け付けた文車と楓がその体を支え、極めて簡易的ではあるが応急処置を行っていく。


その様子を見るに、少女に意識はない様だが、生きてはいる様だ。


(良かった・・・)


少女を生きて救出出来たことに、心の底から安堵する光流。


そうして、彼は処置を進める文車や、その助手を務める楓を見守りつつ、少しだけ何かを考える様な素振りをみせた。


(さっき昇降口にいた闇が退治された時にも感じたが、やっぱり、意志が宿らない闇は倒しやすいのかもしれないな・・・)


ならば、闇の種類によって戦い方を変える必要が出てくるかもしれない。


それに何より、どんなに少量であれ、能力や体力を悪神との決戦まで温存出来るならば、それに越したことはないだろう。


光流はそう結論付けると、己の考えた予想が果たして正しいのか否か、その確証を得る為、もう一体の漆黒の球体に向き直った。


業炎を宿した光流が正面に立っているというのに、攻撃をするどころか、動くことすらせず、ただじっと其処に佇んでいる黒い球体。


(おかしいな・・・さっきは転がってきたから、てっきり自分の力で動く位の意識はあるかと思ったんだが)


球体を訝しげに見つめながら、内心、微動だにしない球体を少々怪しく感じる光流。


(・・・動かない様に見せかけて、此方が動くのを待ってる、とか?)


なんせ、この球体の産みの親はあらゆる悪意をその身に吸い上げて、この世界に生を得た存在ーーー『悪神』だ。


ならば、その手駒であるこの球体も、不意打ちや奇襲等お手のものだろう。


では、自分は如何動くべきか?


そんなのは初めから決まっている。


また、大切な家族や友人達の涙が、血が、二度と流されることのない様に。


目の前に立ち塞がる敵は、殲滅するーーーそれだけだ。


光流は己の出したその答えに、一人納得し強く頷くと、炎を宿した左腕を振り上げ、闇の球体に向かって高く跳躍する。


そして、まるで手甲の様に拳全体を炎で包み込むと、球体の真ん中目掛け、その紅く燃える拳を繰り出した。


「喰らえーーー!!!」


球体のど真ん中に、深々とめり込む光流の拳。


その瞬間、まるで熟れた果実が弾ける様に、パァンッと勢いよく純黒の球体が弾け飛ぶ。


同時に、弾け飛んだ闇の破片の一つ一つが、鋭い刃となり一斉に光流に襲い掛かった。


(・・・殺られる・・・!!)


とてもではないが躱しきれない量の刃を前に、光流はぎりっと口唇を噛む。


(・・・そうだ・・・罠の可能性もあるって分かってたじゃないか・・・!)


光流は、そう深く後悔するが、最早時既に遅し。


無数の刃は光流の直ぐ目の前まで迫っていた。


と、突然、雲外鏡が光流と刃の前にその身を滑り込ませる。


「先生?!」


このままでは、雲外鏡がーーー。


思わず声を上げた光流のその目の前で、雲外鏡は、至って何時もと変わらぬ調子で、刃に向かい片手を向けると


「ほォら・・・全て、返してやるぜ。有り難く受け取りな」


そう、呟いた。


瞬間、雲外鏡の目の前まで迫っていた刃の群れが、急に止まったかと思うと、直ぐに方向転換し、それらのやや後方から光流達に肉迫せんとしていた刃達にぶつかっていったではないか。


刃同士が激しく火花を散らせながら、その身が折れるまでぶつかり合う。


その異様な光景に、声を失い、ただそれを呆然と見つめる光流。


そうして、やがて最後の一本が砕け、やはり他の闇と同様漆黒の砂となり風に消えた頃、光流は礼を言うのと、先程一体何をしたのかを聞く為、目の前に立つ雲外鏡に声をかけた。


「先生、あのさ、ありがーーー」


が、彼が雲外鏡に声をかけるのと同時、光流の手がぎゅっと柔らかな物に握り込まれる。


「なっ、何だ?」


突然の事に慌てた光流が、自身の手元に目を落とすと、そこには


「「助けてくれてありがとうございます!!」」


涙ぐみながら光流の手を握るおかっぱの女の子と、同じ様に涙を浮かべたーーー人体模型が光流の手を握っていた。

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