表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ギャグ・パロディー・実験

東京の冬

作者: ソラヒト
掲載日:2016/10/31

その昔、パリにボリス・ヴィアンというマルチ・タレントがいたんです。

トランペット奏者でもあり、フランスへのジャズの普及にひと役かっていたようです。

私には、ヴィアンはデカダンでスノッブなイメージがあります。

この掌篇では、そんなヴィアンの作品名を、なるべくたくさんちりばめてみました。

ヴィアンの人生に関係している事象もスパイス的に入れました。

東京にも、冬にも、関係ないです。


 ドアを開けると、そこにボリス・ヴィアンがいた。

 愛用のトランペットをしまうところだった。

 ヴィアンは椅子に座っていた。

「今日はもう吹かないぜ」

 心臓が抜かれそうに痛いからな、ヴィアンは言った。

「さっきまでダリウス・ミヨーがいたんだけどな。紹介してやれなくて残念だ」

「ミヨーなら、オレも会ってみたかった。もっと早く来ればよかったか」

 オレは言った。

 愛用のトランペットをクロスで拭きながら、ヴィアンが言った。

「そろそろ違う楽器も試したい。テナー・サックスに興味ありだ」

「テナーをやるなら、ヤスアキ・シミズの『北京の秋』というアルバムが最高にかっこいいぞ」

 オレはヴィアンに教えてやった。

「どこかで聞いたことのあるタイトルだ」

 ヴィアンは言った。

「そう言えば、北京には、赤い草が生えているらしいぜ」

 ヴィアンはトランペット・ケースの蓋を閉じた。

「ちょっと歩いてみるか」

 ヴィアンのあとについて、オレは階段を上がった。

 外に出た。

 深夜のパリは不思議なことにまったく人がいなかった。街中が寝静まっているようだった。

 すると突然、裸の女性の一群が嬌声を出しながらヴィアンに近づいてきた。

「冗談じゃない。逃げるぞ」

 ヴィアンは走り出した。仕方ないのでオレも走ってついていく。

「彼女たちには判らないんだ」

 ヴィアンは言った。息が切れそうだった。

「つらそうだぞ。もうまいたようだから、少し休もうぜ」

「そうか・・・」

 ヴィアンは心臓が弱かった。

「あんなに騒いだら、安らかに寝ている奴らもみんな起きちまうよ」

 ヴィアンらしい言い回しだと思った。

「アンダンの騒乱じゃねえんだから、もう少し静かにしやがれってんだ」

 すると、ヴィアンは右胸を右手で押さえてしゃがみ込んだ。

「おい、心臓なら左胸だぞ」

「おっと、そうだった」

 ヴィアンは左胸を左手で押さえた。とぼけたヤツだ。

「最近、忘れっぽくていけねえ。まだ39だっていうのに。まだオレはくたばりたくないってんだ」

 そのまま少し休んだあと、ヴィアンはまた歩きだした。少し先に墓地が見えてきた。

「40になる前に、死んじまうつもりなんだけどな」

「物騒なこと言うんじゃねえよ」

「もしオレがくたばっちまったら」

 ヴィアンは言った。

「この墓地のどこかに埋めてくれ」

「なんでオレが?」

「おまえだっていつかくたばる。おまえが先なら、オレが埋めてやる」

「そうか。そういうことなら引き受けてやるよ」

「おまえもオレも、死の色はみな同じなんだぞ」

 ヴィアンは何か思うところがあるようだった。

「オレが先になったら、オレの墓に唾をかけろ」

「いくらオレたちの仲だって、そんなことはお断りだ」

「何言ってんだ」

 ヴィアンは少し怒ったようだった。

「おまえがそうしてくれれば、オレは人狼になって蘇れるんだ」

「へえ。それは面白そうだな。乗ってやるぜ」

「あの世からのみやげに、メドゥーサの首でもとってきて、おまえにやるよ」

「そんなものいらねえよ」

 オレたちはまだしばらく歩いた。

「クロエのことなんだが」

 ヴィアンは言った。

「もう危ないらしいんだ」

「だったらこんなところで悠長に歩いてる場合じゃねえだろが」

 ヴィアンは薄ら笑いを浮かべて、こういった。

「肺の中に睡蓮の蕾ができたんだ。現代医学じゃお手上げさ。オレにはどうすることもできやしない」

 確かに、そんな病気は聞いたこともない。

「ジャン=ソオル・パルトルの著書にも書いてあるぜ」

「何がだ?」

「うたかたの日々はもう終わり、だってよ」

 目の前に開いたドアがあった。

「じゃあな」

 ヴィアンは目を閉じて片手をあげた。そのまま来た道を戻っていった。

 もう片方の手は、トランペット・ケースを大事そうに抱えていた。

 オレは昔ヴィアンから聞いた言葉を思い出していた。

「北京にも、秋にも、関係ねえよ」

 ヴィアンはそううそぶいていた。

 だからヤスアキ・シミズのアルバムを教えてやったのに。

 オレは思っていた。

 オレはドアを閉じた。


ヴィアンは39歳でなくなりました。40歳までに死ぬ、と言ってたらしいです。

使ったヴィアン作品は以下のものです。


心臓抜き

北京の秋

赤い草

彼女たちにはわからない

アンダンの騒乱

ぼくはくたばりたくない

死の色はみな同じ

墓に唾をかけろ

人狼

メドゥーサの首

うたかたの日々


活動報告も、是非ご覧下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ