2話 幽霊と青春
「私たちって・・・いつまでも一緒にいられるよね・・・?」
いつもの公園で僕たちは立ち尽くす。君は僕の顔を見ずに俯いて、震えた声で僕に問いかけた。僕も彼女の姿を直視することができない。彼女をみていたら、みていた分だけ自分の心が傷つけられるような気がして・・・。
僕は彼女の質問に答えることができない。なにか言葉を掛けたい。けれど適当な言葉が思い浮かばない。諸手を強く握り、やり場のないこの気持ちをグッと抑え込む。
ここで声を掛けなければ永遠に後悔してしまう・・・けれど、何を言おうとしても、喉につっかえてしまって、ギリギリで言葉が出ない。
夕焼けが僕たちを朱く染めていく。地面に映る僕たちの影が伸びていく。13歳の僕たちには何をすることもできない。ただ、時間が流れていくだけだ。漠然とした現実に僕たちは呑まれていく。
カーテンの隙間からほのかに陽光が部屋へと差し込んでいる。窓の外では小鳥のさえずりが聴こえてくる。新しい朝の訪れを祝福しているように聴こえる。土曜日の朝から外出している人などいないようで、小鳥たちの大合唱だけが俺の耳に届く清々しい朝だ。
今日もいつもと変わらない朝だと思いたい。だけど目を横へ移すと・・・。
「なんで俺のベッドで!俺の隣で一緒に寝ていやがる!!」
学生服を着て、寝ている女子校生の姿がそこにはあった。さすがにこれはマズい。・・・俺の理性が。
昨日の朝とは大きく変わったことがある。それこそこの女子校生だ。俺の部屋に女子校生の格好をした幽霊が現れたということだ。それはまさに青天の霹靂という言葉そのもので、思いがけないようなことが突然として俺の身に訪れた。
「だって布団ないと寒いし」
「幽霊なのに寒いだとか暑いという概念があるのか。不便だな幽霊も」
結菜は先述の通り幽霊だ。俺以外の人間に結菜の姿を見ることはできないらしい。それに俺からみても結菜の姿は半透明に見えている。だが、結菜は普通に生きている人間に限りなく近い。俺となら触れ合うことができたり、生前と変わらずに5感があったりと本当に死んでいるのか疑いたくなるが、結菜のぼやけた姿をみると、結菜は幽霊なのだと強く思わされる。
さて、結菜にどうして俺のベッドで一緒に寝ているんだ?と出ていくように促すセリフを吐いたのにもかかわらず、結菜は一向に出ていこうとしない。その・・・俺もやっぱ1人の男だし・・・女の子が隣にいると・・・ちょっと理性が・・・飛びそう・・・。そもそもどうしてこういう状況になっているんだ?
昨日の夜のことを思い出す。・・・えーと確か結菜が大泣きしたんだ。今までの辛かったことを放出した。それでそのまま寝てしまったんだ。まあ仕方ないから床に寝かせた。もちろん掛け布団を掛けてあげた。そして俺は1人でベッドに潜り込んだ。はい、結菜が俺のベッドに入り込む余地がない。
「もう一回訊くけど、なんで俺のベッドで寝てるんだ?ていうかいつから俺のベッドで寝ているんだ?」
「さっきも言ったでしょ。寒かったから。深夜に起きちゃったときに寒くて、なんだかこっちのベッドの羽毛の方が暖かそうだった」
「お前の頭の中の不等号的には男と同じベッドで寝るより暖かいところで寝たいが勝つんだな・・・」
そんな話をしつつ、まだ俺と結菜は同じベッドの上で寝ている。ドキドキしっぱなしだ。はぁ・・・朝からなんでこんなドキドキさせられるんだ。横を向くとすぐ近くに結菜の顔がある。近くで見るとやっぱ、あらゆる顔のパーツがバランスよく配置されてるなぁと改めて思う。それになにか柑橘系のいい匂いがしてくる。え・・・幽霊って匂いがあるのか?昨日は抱きしめたからもっと近くに結菜の身体があったはずだけど、あの時はさすがに匂いを嗅ぐだとかそういうことする余裕もなかったからなぁ。
「顔になにかついてる?」
俺が結菜の顔を見ていることに気がついたのか、結菜は体勢を横にして俺の方を向きながら訊いてきた。ちょっ・・・吐息が・・・顔にかかって、もうマジヤバい。
「いっいや・・・なにもついてないけど」
恥ずかしい!絶対今の俺、顔紅潮してるだろ。なんで俺の心をこんなに揺さぶってくるんだよ!俺の心に土足で踏み入れて、汚されている気分だ・・・。
根負けした・・・。これ以上一緒に布団に入っていると間違いを犯しそうだ・・・。ということで布団から出る。普段の土曜日だったらもっと眠っているはずなのに、この環境下じゃ寝ることなんて不可能だ・・・。まあいいさ、今は朝の8時30分。どうせ平日はこれより早く起きてるんだから・・・と自分に言い聞かせて布団を出る。
いつもの休日より少し早いけど何をしようか。とりあえず眠気覚ましにコーヒーでも入れようか。4月の上旬と言えど朝はまだ寒い。ホットコーヒーを飲んで体を温めよう。
電気ケトルに水を注ぎこみ、セッティングをする。マグカップの中に適当にインスタントコーヒーの粉末を入れる。ベッドで横になっていたはずの結菜がいつの間にか起きていて俺の動きを注視していたが、やがて「私も飲む」と言ったので来客用のマグカップを取り出して、結菜の分のコーヒーも準備する。
「角砂糖何個入れんの?」
勝手にテレビの電源を入れようとしている結菜に対して訊く。よーく考えればこんなセリフを口にするのは初めてだ。なんだか自分が特異な世界にいる住人のようなセリフを口にした気がした。まあ実際幽霊と暮らしているんだから俺は特異な世界の住人になったのかもしれない。
「・・・・・・ぅ~ん。どうしよっか」
結菜はかなり悩んでいるようだ。角砂糖を何個入れるかなんて結構簡単な質問だと思うけど、結菜は自分の選択が世界の命運を担っているかのように熟考に熟考を重ねている。やがて、俺に対して「何個入れればいいのかな」と質問してきた。コーヒーを飲んだことがないのか?この幽霊は。
「人の好みとしか言えんなー。まったく入れない人だっていれば、俺みたいに5個入れる人だっている」
角砂糖を何個入れるのかという問いは世界の命運を担っている質問かと問われると、すぐさま「ノー」と否定できるが、角砂糖を何個入れるかという問いは世界の縮図なのかもしれない。結局はすべて個人の裁量なのだ。勉強にしたって、恋愛にしたって、日常生活にしたって。角砂糖を何個入れるかなんて自由なのだ。どれだけ勉強しようと、どんな恋愛をしようと、それは個人の裁量なのだ。ただ、自分の選択1つで物事は大きく変わっていく。
童貞はヤリチンになれるけど、ヤリチンは童貞になれないなんて言われているが、ブラックコーヒーをカフェオレには出来るが、カフェオレをブラックコーヒーにすることは出来ない、と同義だろう。いや意味わかんねえな・・・なんでこんなこと朝から考えてるんだろ。
「ひとまず、ブラックの状態で飲んでみて段々と角砂糖を入れていって調整するってのはどうだ?そうした方が自分の好みの数が分かるんじゃないか?」
我ながら名案を思い付いた。結菜も「うん、うん」と頷きながら聞いているから納得しているようだ。しかしこれには俺のちょっとした意地悪が含まれている。その意地悪も含めて俺は名案だと感じた。
「そうだね。そうしてみるよ」
お湯をカップに注ぎ、かき混ぜて、1つを結菜へ渡す。自分のコーヒーには角砂糖を5つ入れた。結菜のコーヒーには角砂糖は1つも入っていない。
そんなブラックなコーヒーを結菜はおそるおそる口へと運んでいく。結菜の唇にマグカップが到達する。普段俺の男友達が使っているとも知らずに。本当に知らぬが仏だ。
「・・・・・・にっ!?にがぁああああああ!!」
結菜はゴクリと喉に流し込み、すぐに悲痛な叫び声をあげた。
予想通りの反応をしてくれた。どうせこの子ブラックコーヒー飲めないんだろうなぁと思いつつ、ブラックコーヒーを渡したわけだ。これが俺の考えていたちょっとした意地悪って言うことだ。
「おいおい大丈夫かよ」
「・・・大丈夫じゃない」
結菜は小声で言葉を発し、その後頬をぷくぅと膨らませて、拗ねたようにしてちょっとしたいらだちを俺へと向けている。その姿は小動物のようで非常に可愛らしい。
「・・・なんか甘いものないの?」
甘いものか・・・冷蔵庫にチョコレートがあるからそれを渡そうか。
結菜に板チョコを渡すと、速攻で銀紙を破りすぐさまチョコレートにありついた。ちょっとした獣のようだった。そんなに苦かったのか。
土曜日の朝9時。幽霊とコーヒーを飲む。そんな人が今この世界に俺のほかにいるのだろうか。いやでも、もしかしたら一家に1人くらい幽霊を飼っている(幽霊を飼うという言葉遣いには語弊がある気もするが・・・)のかもしれない。幽霊なんかの怪奇現象は信憑性に欠けるところがあるから、他人には一切話はしない。だから知らないだけで、もしかしたらどこの家にも幽霊が住んでいるのかも。なんてことはないな。だとしたら実家にもいることになってしまう。
俺の部屋に突如現れた幽霊。そんな幽霊とのファーストコンタクトから一夜が明けた。これからどのような生活をしていくのか。俺たちのゴールとは?いろいろ考えていかなければいけないな。むしろ考えることは山積みだ。今はすべてが分からない状態だからどうしようもないけど。
例えるなら今の俺の状況はこんな感じだろう。料理をしたことがないのにもかかわらずいきなりニンジンを差し出されて「シャトー切りをしてください」と言われているようなもんだ。やり方さえわかれば実行に移せるのに、シャトー切りのやり方や、シャトー切りされたニンジンはどのような形をしているのかわからないからどうしようもない。分からないことを実行に移すなんて不可能だ。
それでも俺はやらなければいけないんだ。何故なら結菜は俺だけにしか見えない存在。俺だけが結菜を救うことができるんだ。だから今は結菜を幸せにするためにその最重要の手掛かりである結菜本人に話を訊くほかにないだろう。
「結局結菜は最終的にどうしたいんだ?」
俺と同じ個数の角砂糖を入れたコーヒーを飲みながら退屈そうに朝のワイドショーをみていた結菜に訊く。
「幽霊だから・・・やっぱり成仏?」
結菜は最後に疑問符をつけて言葉を返す。自分でもいまいち答えが出ていないのだろう。それもそうだ。誰も自分がどうしていいのか教えてくれないのだから。
俺は答えのない質問を結菜にしてしまったわけだ。けれどいつまでもこの世界にいるわけにもいかないだろう。何故ならここは死んだ人間がいていい世界ではないのだから。
「やっぱ、成仏だよなぁ」
言葉にすれば2文字の簡単な言葉なのに、その言葉に内包された意味を解き明かすのは、20歳の俺には不可能だ。そして20歳の俺だけでなく、その辺りにいる人でも無理だろう。例えば俺の部屋の隣の住人。20代後半ぐらいで社会人だ。それなりに人生経験はあるんだろうけど、もちろん無理だ。お坊さんだったら、辛うじて何かを知っているのかも知れない。けどお坊さんにだって成仏の経験はない。結局、明確に答えを提示できる人なんかこの世にはいない。そんな問題に結菜はぶち当たっている。
「そもそもなんで結菜は死んでそのまま天国に行くことができなかったんだ?」
「それが分かってたら苦労しないよ」
また結菜に答えのない質問をしてしまう。けれど今、俺と結菜に起こっている出来事は漠然とし過ぎていて訊けることと言えばこんな単純なことしかない。
結菜は3年間もこの世界を漂流している。それはつまり、3年間答えが出ていないということだ。自分が何をするためにこの世界に残っているのか・・・その答えが分からないのだろう。あるいは答えは出ているのかもしれない。けど実行に移すことができていない。それは実行に移すことが現状では不可能なのか、あるいは可能だがしてないだけか。
だけど結菜の言動を見る限りじゃ答えは出ていないんだろうなぁ。
「はぁー・・・結局どうしようもないなぁー」
俺は両の手を頭の後ろでクロスさせて、悩んでいるポーズをする。悩んでいるような姿勢を結菜にみせているだけだ。実際のところ悩んでも答えが出ないから深くは考えていない。当人である結菜は俺の部屋が気になるようで、俺の部屋をグルグル見回している。
俺の部屋はその・・・女の子がみてはいけないような代物がいろいろ置いてあるからあんまり見回さないでほしいんだけど・・・。ワイドショーが退屈なのはわかるけど、俺の部屋のものを見られると結菜の俺への印象がかなり悪くなると思うんだけど・・・。もちろん掃除しない俺が悪いんだけどね・・・。
「どうしようもないよね」
「うーん・・・。なにか意味があるはずなんだけどなぁ。結菜がこの世界にいる意味。俺が結菜を見ることができる意味。それさえわかればなんとかなりそうなんだけど」
考える・・・。けれど答えは出ない。最近こんなに人のことで考えたことがあったか?いや、最近の俺は自分のことすら考えてなかった。目先の生活さえなんとかなればそれでいいと思っているからだ。
「成仏ってどうやってやるか知ってる?」
「分からない」
「だよなぁ・・・成仏ってなんなんだろう」
そうだ。調べてみよう。まずは成仏の意味を理解しなければ。スマートフォンを取り出し、『成仏 意味』と打ち込んで検索する。最初に辞書のサイトが出てきたのでそれをみてみる。
>1 煩悩 (ぼんのう) を断ち、無上の悟りを開くこと。
>2 死んで、この世に未練を残さず仏となること。また、死ぬこと。
未練か・・・。この言葉だろう。結菜には何かしらの未練があってこの世に魂だけが残っている。その未練を探し当てて、未練を解消することが俺に与えられた役目なんじゃないのか?
この際だからストレートに訊いてみようか。
「この世界に未練ってあるか?」
真面目な顔をして、俺は問いかける。結菜も真面目な顔をして、俺から目を逸らさずに俺の言葉を聞いた。
結菜は俺の言葉の返しを考えている。だがその結菜の顔をみると、絶望に満ちた表情をしていた。まるで地球の終焉を1人で見送る少女のような表情だ。なんでそんな表情をするんだろう。俺には見当がつかない。いったい結菜の人生はどういうものだったのだろう。けれど結菜の表情が俺の脳裏に焼き付いてしまって、この質問の答えを聞くことに対して恐怖すら感じる。
結菜はハッと我に返り、自分が質問されていたことを思い出したようだ。
「未練だよね。うーん。未練かぁ。やっぱり青春時代に死んだことが心残りだと思う」
結菜が導き出した言葉、青春時代に死んだことが心残りか。それが心残りならこれから青春を謳歌するほかにないだろう。
「なら、青春するしかないな」
気づいたらそんなことを言っていた。俺が青春なんてC調言葉を・・・。
「だよね。青春するしかないよね」
結菜は俺の言葉を反芻し、俺の意見を肯定した。
今度はスマートフォンを使い、青春の意味を調べる。この青と春という文字の中にどんな意味が詰まっているのか。大方の意味は自分でもわかるけど、調べてちゃんとした知識を頭に入れておこう。
青春>若い時代。人生の春にたとえられる時期。希望をもち、理想にあこがれ、異性を求めはじめる時期。
俺にもあったなぁそんな時期が。この世界の色が虹色に輝いて見えていた。自分の将来に希望を持っていた。そして好きな子がいたんだ。だけど、そんな気持ちはどこかへいってしまった。今の俺にはこの世界の色なんて無彩色しか見えない。自分には何も出来ない・・・無力だと知ってしまった。自分に惚れてくれる女の子なんているわけがない、だから恋愛もしたくない。「20歳の若造がなにをバカみたいなことを言っているんだ。お前の人生なんか始まったばかりだろう」なんてご年配の方に言われるかもしれない。けど・・・今の俺にはなにをやっても上手くいく気がしないんだ。ただ過行く日々をなんとなく過ごしている。
「ところで青春ってなんだ?ネットで調べてみたけど、具体性に欠けてる気がすんだよなぁ」
「・・・なんだろうね。青春って」
2人で唸り声をあげながら考え込んでしまう。人それぞれ青春の価値観ってのは違うんじゃないか?部活動で流す汗や涙はまさしく青春という感じがする。あるいは友達とバカみたいにふざけ合って、先生に怒られるのも青春だと思う。人によっては勉強やアルバイトが青春になるかもしれない。そして、恋愛。青春とは異性を求め始める時期。大人がしているようなディープな恋愛とは違う甘酸っぱい恋愛は青春時代にしか体験できないのかもしれない。
「なあところで」
「なに・・・?」
「非常に言いづらいんだが・・・パンツ、みえてるぞ」
「・・・はっ!?ばっ、ばかぁあ・・・」
俺のベッドにちょこんと体育座りをしている姿がなかなか様になっている結菜だったが、制服のスカートの中に白い布がみえた。清楚系だからイメージ通りの色だ。眼福。さらに真っ赤になった顔も併せて眼福だ。
「やっぱ女の子ってパンツみられると恥ずかしいもんなの?」
「・・・・・・そりゃ、恥ずかしいに、決まってるでしょ・・・」
顔を紅潮させながら、手でスカートを抑える結菜。目を合わせてくれそうにない。怒っているのか、照れ隠しなのか。
ってか・・・話しかけづらいなぁ。下手なことを言わなきゃよかった。けど目のやり場に困ったし、本人としても見られるのは嫌だろう。
結菜はムスッとしてしまい、俺も話しかけづらい。すごーく嫌な空気が部屋に充満している。口を閉ざしていると、どんどん時間が経ってしまう・・・なんかどんどん話しかけづらくなってくなぁ。
「なんで、俺なんだろうな・・・」
何かを言おうと口を開いたら、何故かそんな弱気な言葉が不意に口から出てしまった。結菜は俺のことをどう思っているのだろう。この世界で自分を認識できる人間が俺なんてねぇ。70億人という人間がこの地球にいる。その中で俺が選ばれた。何故だ。きっと俺じゃなければ結菜を簡単に成仏に導くことができるのかもしれない。
その言葉を聞いた結菜は一度、結んでいた口もとを緩ませた。まるで、おかしな冗談を聞き流すように。
「私はあなたでよかったって思う」
「・・・えっ!?なんで?」
結菜は間髪入れずに答えた。思わず俺は素っ頓狂な声をあげてしまった。なんで俺なんかが・・・?
「まだ、わからないけど・・・きっとあなたでよかったって思うはずだから。だから、私と青春しようよ」
なにも確証がないのになんでそんなことが言えるのか俺には分からなかった。けれど、結菜も本気でそう言っているのだということが伝わって、俺の心は響かされた。心臓をわしづかみにされた気分だ。・・・青春か。俺にもまだ青春ができるのかな。考えるけど答えなんて出るわけがない。だから20歳、最後のチャンスに賭けてみようか。
「ああ、青春しようぜ」
柄にもなく、青春しようぜなんて言ってしまう。けど・・・眼前の結菜を幸せにするには青春するほかにないと思う。だから俺も頑張ってみよう。青春なんて言葉はあの時に置き去りにしたままだけど・・・俺にもまだ青春ができるなら、結菜の力になりたい。
本当にこれがラストチャンスだと思う。俺にとっても、結菜にとっても。青春をするラストチャンスだ。タイムリミットは俺の学生生活が終わる残り1年ほどだろうか。若い時代のことを青春と呼ぶんだから、大人になってしまったら青春ではない。
静かな土曜日の朝だ。テレビではワイドショーが、特に重大なニュースもないのか、くだらないことを放送している。相変わらず小鳥たちのさえずりが聴こえてくる。たまにアパートの近くを通る自動車の荒々しい音が静かな朝に響く。
ホットコーヒーを飲み終えた俺は結菜の姿を目で追っていた。ふと、目が合う。気恥ずかしくなって目を逸らす。結菜も同様に目を逸らした。もう一度結菜の顔を覗き込む。やっぱ整った顔立ちをしてるなぁ。あの子に似ている。ほくろの位置もあの子にそっくりだ。結菜もまた俺の顔を見ていた。また目線がピッタリと揃う。結菜の顔は何故か紅潮していて、それを見た俺はドキッとしてしまう。
俺と結菜は青春の二文字を口にする。