第八話 ラブアタック!
望月大輔君が好き!
窓際の席で、頬杖をつき、ぼんやり外を眺めている大輔。
憂鬱そうな瞳が宙を泳いでいる。
典型的な絵になる美少年。
その姿が目に入ったとたん、千尋は確信した。
彼の姿を見つめているだけで、今も心臓がドキドキしている。
翔太のことがチラリと頭をよぎったが、もう自分の心に嘘はつけない。
「大輔く──」
だが、大輔の名を呼んだ千尋の声は、女生徒達の悲鳴にも似た声にかき消された。
大輔のまわりは、すぐに大勢の女子達が取り囲み、千尋は後ろに押される。
「あれ? 今日は一人かよ?」
遅れて教室に入って来た翔太に、クラスの男子が声をかける。
「うーん、たまには別々に登校するのもいいかなって……」
千尋の後ろで翔太の声が聞こえた。
幼稚園から高校二年の昨日まで、翔太と一緒に登下校しない日はなかった。
いつも一緒にいるから、体調を崩す日も同じで、休む時は二人一緒に休んでいた。
「珍し。喧嘩か?」
「違う、違う。ちょっとした気分転換」
明るい翔太の笑い声。
千尋はその声にいらついた。
「あっ、千尋〜、放課後クラス委員は職員室に来てくれってさ」
千尋の姿を見つけた翔太が、近づいて来る。
「そう……」
気のない返事をしたまま、千尋は振り向きもせず、自分の席につく。
もちろん、隣りは翔太。
翔太は、次から次へと、千尋に話し掛けてくる。
翔太の声は千尋に聞こえない。
千尋は、斜め前方で女子達に囲まれている大輔の方をずっと見ていた。
大輔とのツーショットを貼ったケータイを、しっかりと握りしめて。
「大輔君!」
午前中の終業のチャイムがまだ鳴り終わらないうちに、千尋は大輔の机の前に走って行った。
「一緒にお弁当食べようよ!」
先手必勝! ライバル達に勝つためには、素早い行動が決め手になる。
「え……?」
大輔は口をぽかんと開けたまま、千尋を見上げる。
キン、コン、カーン!
チャイムが鳴り終わる数十秒間、二人は顔を見合わせていた。
「あっ、いいね〜! 天気良いから、屋上に食べに行こう!」
当然、自分もカウントされていると思った翔太は、素早く鞄から弁当箱を取り出す。
転校生は、クラス委員が面倒みないと! 翔太の責任感が沸き上がる。
だが、千尋は、翔太に冷たい一瞥を投げかけた。
「あたしは、大輔君と二人で食べたいの」
「……二人で?」
言ってる意味が理解出来ず、翔太は目を丸くする。
「千尋! 抜け駆けは許さないよ!」
「あんたには、翔太がいるじゃない!」
「何、浮気してんの!」
次の瞬間には、一斉にクラスの女子が押し寄せてきた。
アッという間に、大輔のまわりは、またもや女子達でいっぱいになる。
他のクラスや学年の女子達が押し掛けてくるのも、時間の問題だ。
「大輔君!」
彼女たちの一瞬の隙をついて、千尋はグイッと大輔の腕を引っ張って立ち上がらせる。
「あの……」
いつも翔太の腕を引っ張っている千尋には、たやすいことだった。
それに、大輔は翔太よりかなりスリム。
グイグイと力任せに大輔の手を引き、千尋は逃げるように教室から出ていった。
「千尋、ズルイ!」
「待ちなさい!」
二人を追いかけていく女子達。
その間、何が起こったのか分からないまま、翔太はぼんやりとその様子を眺めていた。
「やっぱ、喧嘩してんじゃん、お前等」
「翔太一筋だった千尋も、イケメン転校生になびいたんだ」
「女って所詮、顔なんだよなぁ」
男子達は、口々に翔太に言う。
女子達が大輔に夢中なことが面白くない男子達は、翔太と千尋の間に、怪しい風が吹き始めたことを、楽しんでいるように見える。
今までさんざん、二人のラブラブを見せつけられた、腹いせのように……。
「千尋もついに浮気かぁ〜」
「浮気……?」
ぼおっと突っ立っていた翔太は、『浮気』という言葉で我に返る。
テレビのタレントにさえ、なびいたことのない二人。
お互い一筋に思い合っていたはず。
『浮気』などという言葉は、二人の間には存在しなかった。
物心ついた頃からずっと。
今日までは……。
「……ま・さ・か」
翔太は笑った。
「千尋はクラス委員だから、望月君の面倒を見てるんだよ」
「じゃ、なんでお前はおいてけぼりな訳?」
「それは」
翔太の笑顔が消える。
「それは、えっと──」
宙に浮いた翔太の弁当箱が、ゆらゆらと揺れる。
今までいつも、二人だけで食べていたお弁当。
千尋は、翔太以外の男子と食べたことなど一度もない。
今日までは……。
「えーと……」
答えが見つからないまま、翔太は弁当箱を手に持ち立ちつくした。