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第六話 バナナショコラとブルーベリー

 その日に限って、天気予報が的中した。

 朝のうららかな春の空はどこへやら。

 まだ昼間なのに、辺りは夜のように暗く、バケツをひっくり返したような大雨が降り、強風が吹いてきた。

「うわぁ。嵐みたいだね」

 横殴りの雨が校舎の玄関まで迫ってくる。

 登校初日のクラス委員の日課を終えた翔太と千尋は、他の生徒達より遅れて玄関まで歩いてきた。

「当分止みそうもないよねぇ……」

 千尋は、怒り狂ったように荒れる空を見上げる。

「ママに迎えに来てもらおうかなぁ」

「あっ、そうだ。一年の時忘れて帰った傘があるかも」

 翔太はふと思い出し、去年使っていた傘立てから、自分の傘を見つけだす。

「あった、あった」

 傘立てから青い傘を振って、千尋に見せる。

「千尋、相合い傘で帰ろうよ!」

「相合い傘ぁ! いいね!」

 相合い傘をするには、雨足は強すぎるし、校舎を出ようとした時開いた傘は、思ったより小さかった。

 だが、そんなことより、二人は傘が見つかり、相合い傘が出来ることを喜んだ。

「あれ? 望月君?」

 翔太と千尋が傘を差して外に出ようとした時、どしゃぶりの雨を避けるようにして、玄関先に大輔が佇んでいた。

 ちょうど、軽くクラクションを鳴らし、数台の自家用車が彼の前を去っていくのが見えた。

「車で帰らなかったの?」

 千尋は、車を目で追いながら聞く。

「うん……やっぱ歩いて帰る」

 迎えに来た家族の車に乗るよう、大輔は多くの女生徒達に誘われた。

 みんな強引に大輔を車に誘おうと、ついさっきまで大変な騒ぎになっていた。

 だが、大輔は全ての誘いを断った。

 今、ようやく最後の車が去って行き、大輔はホッとしたところだった。

 どしゃぶりの中、歩くのはきついが、誰かの車を選んで乗り込むことの方が面倒だ。

 選ばれた誰かは、得意になり、明日からは大輔の彼女気取りになる。

 過去にそういう経験が何度もあり、大輔は充分学習していた。

「えー! 駅まで歩いたらずぶ濡れになっちゃうよー!」

 大輔の苦渋の選択などは、つゆ知らず、千尋は脳天気な声を上げる。

「だったら、僕らと一緒に帰ろうよ」

 翔太は、青い傘を揺らしながら言った。

「傘、貸してくれんの?」

 大輔はチラリと翔太の傘を見る。

 翔太は笑顔で首を振った。

「傘はこれしかないんだ。だから、三人で一緒に帰ろうよ。な、いいだろ、千尋?」

「うん、いいよ!」

「……」

 大輔は黙ったまま、もう一度青い傘を見つめた。

 つまり三人で一つの傘。

 三人が一つの傘に入るのも、相合い傘と言うのだろうか……?

 疑問を抱きつつ、大輔は翔太の差し出す傘に入ってみた。

 千尋の両脇に翔太と大輔が並ぶ。

 二人でも小さな傘に三人が入り、もはや、傘は傘の役目を果たせそうにない。


 結局、駅に着いた頃には、三人とも傘なしで歩いたのと同じような状態になっていた。

「濡れちゃったね」

 髪をハンカチで拭きながら、千尋は笑う。

「望月君、制服のまま泳いだみたいだよ」

 全身ずぶ濡れの大輔を千尋は見つめた。

 サラサラの髪からは雫がしたたり、顔も髪も洗ったように雨で濡れていた。

 大輔は濡れたままの状態で突っ立ち、額に貼り付いた前髪をかき上げる。

 彼の長いまつげも水滴で濡れていた。

「……」

──あれ? また、胸がキュンて……。

 笑いながら話しを続けようとした千尋は、言葉を飲み込んだ。

 伏し目がちに軽く微笑みながら、無言で立ってる大輔。

 ただ、それだけなのに、千尋の胸はドキドキと脈打つ。


「やっぱ、三人で相合い傘は無理だったね!」

 明るい声がして、翔太が二人の元に戻って来た。

 彼の手には、青い傘と駅で買ったビニール傘が握られている。

「僕の傘、望月君に貸してやるよ」

 タオルでゴシゴシと頭をこすりながら、翔太は青い傘を大輔に差し出した。

「今度、返してくれたんでいいから」

「ありがと」

 大輔は、素直に翔太から傘を受け取る。

「じゃ、また……」

「あっ、待って、待って、望月君」

 そのまま駅のホームへ行こうとする大輔に、千尋は声をかけた。

 振り向く大輔。髪が揺れて雫がはねる。

「あのー……クレープ食べてかない?」

 大輔と目が合った瞬間、心臓の鼓動が高鳴った。

「あ、雨、まだ酷いし……お腹空かない? あたし、いつも、帰りに翔太と寄ってるの」

 心の動揺を隠すように、千尋は笑顔を作る。

「あ、行こうよ、望月君。駅のクレープ店、安くてすっげぇ上手いんだ」

 千尋の心の内には全く気付かず、翔太も笑顔で言った。

「ふーん……じゃぁ」

 大輔は軽く答えた。



「バナナショコラ下さい!」

 クレープ店に入るなり、翔太はカウンター越しに声をかけた。

「翔太はいつもバナナショコラなんだから〜たまには他のにしたら」

 千尋は翔太と腕を組み、クレープのメニュー表を見る。

「僕はバナナショコラが一番好きなんだよ」

「翔太は何でもバナナよね、お子ちゃまだから……望月君は?」

 千尋は後ろを振り返り、大輔を一瞥する。

 何故かさっきから、大輔と目を合わせるたびにドキドキしている。

 千尋は、翔太の腕に寄りかかるようにして立っていた。

「俺は……」

 大輔はメニュー表をザッと見る。

「ブルーベリーが良い」

「ブルーベリー!?」

 千尋の胸がキュンとはねた。

「なんだよ、望月君もブルーベリーが好きなのかぁ。千尋と同じだね」

「……」

 千尋の頬がほんのりと染まる。

──あたし、何赤くなってんの……!?

「お、美味しいよねブルーベリー。望月君もブルーベリー派なんだ」

 思わず声がうわずる。

 大輔とクレープの好みが同じ、ただそれだけのことなのに、千尋は何故か嬉しい気分になる。

「クレープはブルーベリーでなきゃね!」

「や……ていうか、ブルーベリーって目にいいかなって……」

 大輔は小声で答えるが、千尋には聞こえてないようだった。

 特に選んだ理由はなかったが、大輔は普段滅多に食べないブルーベリーのクレープを一緒に食べることになった。

「後で、プリクラ撮ろうよ」

 片手でブルーベリーのクレープを頬張り、片手はしっかりと翔太の腕を掴みながら、千尋は楽しそうに答えた。

「新しい台が入ったみたいなの」

「あっ、いいね、いいね!」

 バナナショコラのチョコレートで口のまわりを汚しながら、翔太は頷く。

「も、望月君も一緒に!」

 千尋は、翔太と一緒にプリクラを撮るのが好きだ。

 二人で撮った写真は数え切れないくらいある。

 だが、何故か今は、頭の中にイメージする写真の隣りには、大輔の顔が浮かぶ。

 翔太に置き換えようとしても、出来ない。

 千尋の心の中に新しい恋の炎が芽生えたことに、千尋はまだ気付いていなかった。











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