第五話 女心と春の空
二年二組の転校生、望月大輔が、学校中の注目の的になるには、半日もかからなかった。
始業式が終わる頃には、既に彼のまわりは女生徒達が取り巻いていた。
数え切れないくらいのケータイが彼に向けられ、シャッターが押される。
「付き合ってる子いるんですか?」
「好きな女の子のタイプは?」
「どこに住んでるの?」
「ケータイのナンバーとメアド教えて下さい!」
上級生、同級生、下級生からの質問責め。
アイドルスター並に、もみくちゃにされながら、大輔はなんとか彼女達をかき分け、廊下を歩いていく。
「キャー! 待って!」
「大輔君ってクールで素敵!」
「あたしも二年二組になりたかったぁ!」
大輔は校舎へと続く渡り廊下まで、逃げるように歩き続ける。
その先の二年二組の教室の中でも、大輔は落ち着けそうもないけれど……。
「望月大輔君!」
渡り廊下の途中まで歩いて来た時、大輔は突然フルネームで呼ばれた。
振り向くと、追っかけて来る女子達の間を抜って、翔太と千尋が手を繋いで駆けて来るのが見える。
二人の後からは、波のように女子達が押し寄せて来たが、ちょうど渡り廊下に差し掛かったところで、チャイムが鳴り始めた。
落胆の悲鳴があがり、女子達の波は、チャイムの音とともに砕け散っていく。
「望月大輔君、ここにいたの? 僕達、ずっと探してたんだよ」
大輔の元まで走って来た翔太は、はゼイゼイと肩で息をする。
千尋も荒い息を吐きながら、大輔を見つめる。
「君さぁ、転校してきたばかりだから、迷子になったんじゃないかと思って心配してたんだ」
「やだ、翔太ったら、望月大輔君は、もう高二なんだから、迷子になんかならないわよ」
「あっそっか。けど、初めての学校だし、不安だよね。僕らクラス委員が、二人で君の面倒みてやるよ。な、千尋」
「うん!」
翔太と千尋は顔を見合わせて笑う。
「はぁ……どうも」
大輔は軽く会釈すると、渡り廊下を先に進む。
「あっ、待って、待って。まだ、自己紹介してないよね」
千尋は翔太の手を引きながら、大輔の前に回り込む。
「あたし、飯島千尋」
「僕は、小笠原翔太。千尋の彼で、婚約者!」
「ふ〜ん……」
仲良く手を繋いで立っている二人を、大輔は頭の先から足の先まで見つめる。
「あっ、でも、まだ結婚してる訳じゃないよ」
上目遣いで大輔に見つめられ、千尋は慌てて付け加える。
「そりゃそうさ、千尋。婚約してるだけなんだからな」
翔太が笑い、千尋も声を立てて笑う。
「うん……そうよね」
だが、何故か心から笑えなかった。
「あ、教室の場所分かるし、先に帰るから」
その場を立ち去ろうとする大輔の背中が、千尋はやけに気になる。
──イケメンだから……?
女子達は皆、大輔のことを『超イケメーン!』と騒いでいた。
──イケメンタレントみたいだから……?
さっき見た雑誌のタレントのことは何とも思わなかったのに。
何故か大輔のことは妙に気になる。
上目遣いで見つめられた時、一瞬、胸が締め付けられるようにキュンとなった。
こんな気持ちは初めて。
翔太にも抱いたことはない。
──でも、でも、やっぱ、翔太の方がかっこ良いよね?
千尋は不安気に翔太の顔をチラッと見て、その手をギュッと握る。
──うん! 絶対、かっこ良いよ!
「望月大輔君!」
千尋は翔太の手をグイグイ引っ張りながら、大輔を追いかける。
「あれ……?」
大輔は突然立ち止まり、渡り廊下から空を見上げた。
「いつの間にか曇ってる」
さっきまで抜けるように青かった空には、どんよりとした雲がたちこめていた。
「わぁ、ホント。雨降ってきそうだな」
翔太も空を見上げた。生暖かい怪しい風も吹き始め、三人の頬を撫でていく。
「天気予報、雨って言ってたっけ?」
「ど、しよ。あたし、傘持って来てない」
「……も、行った方が良くない? ずっと前にチャイム鳴ってるし」
仲良く並んで空を見上げる翔太と千尋を残し、大輔はさっさと歩いて行く。
「待って、待って! 望月大輔君!」
「あ、名前……望月か大輔でいいから」
手を繋いで追いかけてくる二人に、大輔は背を向けたまま言った。
「えー! いきなり呼び捨てなんて、あたし出来ない!」
「望月君か大輔君にしよっか!」
翔太と千尋の声が、廊下の向こうの校舎に響き渡る頃、暗い空には稲妻が光、ポツポツと大粒の雨が空から落ちてきた。
読んで下さってありがとうございます!
今回の作品は『ケータイ向け』ということで、出来るだけサクサク読みやすいように書いてます。
私の作品はサクサク読める物が多いんですが…^^;、マンガを読むような気持ちで軽く読んでもらえると嬉しいです。