第二話 嵐の予感
校門へと続く舗道は、生徒達で溢れていた。
始業時間まであと僅か、みんな足早に学校へと向かっている。
昨日入学したばかりの生徒達は、まだ馴染んでいない真新しい制服をぎこちなく着て、やや緊張した表情で歩いている。
黒縁のメガネをかけ、文庫本を片手に歩いていた少女は、校門の前で立ち止まると、軽くため息をついた。
読みかけの本を鞄にしまい、下がり気味のメガネの縁を上げて、前方にそびえ立つ校舎を見上げる。
──長い一日が始まる。わたしは、あと何日この退屈な学校に通わなきゃいけないんだろう……。
春風が、少女のセミロングの黒髪と、真新しいチェックのスカートの裾を撫でた。
彼女の名前は河合茜。
昨日入学したばかりの彼女は、学校に対し既に挫折感を抱いていた。
──みんな、子供っぽいんだから。
はしゃぎながら、彼女の脇を通り過ぎていく生徒達。
茜は乾いた眼差しで、彼らを見つめる。
──高校でも無理かなぁ。わたしの理想の……。
茜は遠い目をして、ほんのりと頬を染める。
──わたしの理想の彼。
頭の中に理想の彼を登場させ、茜はクククッと含み笑いする。
──大人っぽくて落ち着いてて、知的でクールで、でも、本当はすごく優しくて、いつもわたしのことだけを見ててくれる。もちろん、経済力があってお金持ち。家事は全て家政婦さんがやってくれて、わたしは一日中大きなリビングの柔らかいソファに座って、好きな音楽聴きながら本を読んでればいいの……ギャーッ! やだ!
茜は真っ赤な顔になり、頭をブンブン左右に振った。
──それって、『理想の彼』じゃなくて『理想の夫』じゃない!
側の生徒達が驚き、茜を避けて通って行っても、茜の空想の世界は続く。
頭を振りすぎて、かなりずり落ちたメガネを元に戻しながら、茜は一人クスクスと笑う。
──『結婚』なんてまだ早いわ。だいたい、わたしはまだ十五才。結婚は出来ないし、まずは『彼』を見つけなきゃ。やっぱり、理想の彼は年上ね。でも……。
茜はようやく落ち着きを取り戻し、フーと息を吐く。
──先生の中にタイプはいなかったし。今は勉強に集中して、大学まで我慢するかなぁ。
キッと前を向くと、茜は颯爽と歩き始める。
空想好きの文学少女、河合茜。
その清楚なイメージとは裏腹に、時に妄想が爆発し皆を怖がらせる。
そのせいか、十五年間、『彼』はもちろんのこと『友達』さえも出来ないままでいた。
茜が校門をくぐってしばらく経った頃。
翔太と千尋が繋いだ手を揺らせながら、スキップするように校門の前まで駆けて来て立ち止まった。
「今日から僕達高校二年だね」
「うん、二年になっても同じクラス。学校でもずーっと一緒にいられるね」
行き過ぎる生徒達がジロジロ二人を見ても、相変わらず二人の視界には入らない。
慌ただしい朝の通学時間の流れが、二人の世界の中では止まっている。
翔太と千尋は両手を繋ぎ、笑顔で向き合う。
「も、一回、キスして」
千尋は翔太に顔を向けると、目を瞑る。
「うん」
ほんのり頬を染めながら、翔太は千尋の唇にふわりとキスをした。
「マジやってらんねぇ。今年もあいつ等と同じクラスかよ」
「あれは、ちょっとキツイよね」
翔太と千尋の横を、少年と少女が通り過ぎる。少女はケータイをいじりながら、いちゃついている二人を横目で一瞥した。
「余計に暑くなるよなぁ」
少年は空を見上げ、眩しい春の日差しに目を細める。
空は雲一つない青い空。
春にしては温かすぎる陽気。
「あ、夕方から寒くなるみたいだよ」
天気予報のサイトを確認しながら少女が言う。
「風も出て、春の嵐になるんだって」
少女はケータイの電源を切ると、パタンと二つに折って鞄にしまった。