第二十八話 恋の嵐
──翔太が好き。
やっぱり翔太と別れることなんか出来ない。
あたしの隣りには翔太がいてくれなきゃダメ。
翔太が側にいないと、あたしはあたしじゃなくなる。
もう、自分に嘘をつくのは嫌!
翔太のことが、大好きだから……。
「お・は・よ」
玄関のドアを開けると、そこには千尋が立っていた。
はにかんだ微笑を浮かべ、上目遣いに翔太を見つめる。
「……おはよ」
ドアノブに手をかけたまま、ぽかんと口を開けて、翔太は千尋を見つめかえした。
「えーと……?」
状況がよく飲み込めない。
別れる前は、毎朝、どちらかが家まで迎えに行っていた。
早く家を出た方が、先に到着する。
時には、同時刻に家を出て、道の途中で出会うこともあった。
晴れの日も、曇りの日も、雨の日も、雪の日も……。
おはようのキスの後、手を繋いで仲良く登校。
その習慣が、幼稚園の時からずっと続いていた。
千尋と別れる前までは……。
「何か用──」
口を開きかけた時、いきなり千尋の顔が近づいてきた。
唇に柔らかい感触。千尋の甘いコロンの香りがする。
気付いた時、目の前には、頬をピンク色に染めた千尋の顔があった。
「準備出来た?」
「え?」
「一緒に学校行こうよ」
少し照れて微笑みながら、千尋は翔太に手を差し伸べた。
手を繋げば、今まで通り、ラブラブなカップルに戻れる。
直ぐにでも、柔らかな千尋の手を握りたい。
千尋のことが大好きだから。
千尋と別れるなんて、やっぱり出来ない。
翔太は口元を弛め、差し出した千尋の手を握ろうと手を伸ばす。
「小笠原先輩!」
突然、千尋の後ろから悲鳴にも似た叫び声がした。
そこには、ピンク色のメガネをかけた茜が、唇を震わせ潤んだ瞳をして立ちすくんでいた。
「茜ちゃん?」
翔太は伸ばしかけた右手を慌てて引っ込める。
「何で……?」
目を点にしながら、翔太は茜を見つめる。
「何で、じゃないです! 先輩、酷すぎます!」
茜は一歩前に出ると、千尋を押しのけるように隣りに並んだ。
「私、昨日のデートを途中でダメにして、ずっとずっと、悪いと思って悩んでたんですよ」
「あ、や、その……」
翔太は言葉を詰まらせ、やり場のなくなった右手で頭を掻く。
「で、おばあちゃんの具合は?」
「おばあちゃんは大丈夫です。持ちなおして快復してます」
「そ、良かった」
「笑ってごまかさないでください! 先輩、ズルイです。私、先輩の笑顔にいつも騙されて……」
「や、そういうつもりじゃ」
「じゃ、何で千尋さんがいるんですか!? 千尋さんとキスまでして!」
「えっ? 見てたの?」
「先輩、どういうことですか!」
茜は怒りで顔を赤くしながら、翔太に迫る。
「茜ちゃん、あたしと翔太はよりを戻したの」
それまで黙って聞いていた千尋は、茜を横目で見ながら、落ち着き払って答えた。
「そんな! この前、小笠原先輩のことは諦めるって、キッパリ言ったばかりじゃないですか!」
「茜ちゃん、人の心は変わりやすいのよ。あなたはまだ子供だから分かんないかもしれないけど」
「子供って、一才しか違わないです!」
「恋愛経験はあたしの方がずっと先輩よ。とにかく、翔太はあたしの元に戻ったの。茜ちゃんは身を引いて!」
「そんな! 私だって、譲れません!」
一触即発。まさに、修羅場……。
火花を散らす、千尋と茜のやりとりを傍観しながら、翔太はそっとドアを閉め、家の中に入る。
自分をめぐって、二人の少女が言い争う。
ドラマのようなワンシーン。
こんなに、自分、もてたっけ? と、ややナルシストな気持ちになりつつ、翔太は鞄を掴むと、ダッシュで裏口から家を出ていった。
次回、エピローグで完結です〜
実はもう書けているんですが、エピローグが長くなりすぎたので、分けました。