第二十一話 嵐のような心
幼稚園の時に行った初めての遠足。
色鮮やかなチューリップ畑の前で、ピースサインしてる幼い翔太。
翔太と手を繋ぎ、幼い千尋も笑顔でピースサインしている。
雨が降ったり止んだりの、小学一年生の運動会。
かけっこで派手に転び、泥だらけの体操服で泣きべそをかいてる翔太。
彼の隣りで慰めるように、しっかりと手を繋いでいる千尋。
誕生会、学芸会、修学旅行、文化祭……。
アルバムのページをめくるたびに、その時の記憶が鮮明に蘇る。
時が流れても、千尋の隣りにはいつも翔太がいた。
じっと写真を見つめていた千尋は、そっとアルバムを閉じる。
千尋はなかなか眠れなくて、古いアルバムを取りだし、真夜中過ぎまで見ていた。
写真の数だけ、翔太との思い出がある。
小さな写真の中に、一つ一つ、大切な思い出が焼き付いている。
大輔を好きという気持ちと、翔太を好きという気持ちは、ちょっと違う。
大輔はかっこよくて、眺めているだけで胸がときめく。
翔太には、そういう気持ちを抱かないけれど……。
失ってみて、初め気付く、彼の存在感。
翔太とは距離が近すぎて、家族のような存在になっていた。
例えれば、彼は空気のようなもの。
目には見えないけど、とても大切で、なくてはならないもの。
少し頼りなげで、いつも千尋が面倒を見ていたような気がするが、
本当は、千尋も翔太に支えられていた。
クレープと一緒に、彼のことを忘れてしまおうと思った。
クレープを自棄食いして、涙は止まったけれど、
心の中にぽっかりと空いた穴を、埋めることは出来なかった。
大輔が側にいても、その空虚感はなくならない。
翔太を失いたくない。
千尋はアルバムを胸に抱きしめる。
──翔太のことが好き。
明日、翔太に謝って、仲直りしよう。
まわりから何と言われようと、いつも一緒にいて、またラブラブな二人にもどろう。。
千尋はそう決心し、アルバムを抱いたまま眠りについた。
「あれ? 茜ちゃん、今日はメガネなんだ」
授業が始まる前、一年一組の教室に立ち寄った翔太は、黒縁のメガネをかけている茜に声をかけた。
「なんか、目の調子が良くなくて……」
茜は恥ずかしそうに俯く。
翔太に可愛く見られたくて、メガネからコンタクトに替えたけれど、コンタクトは未だに茜の目に馴染んでいない。
「変ですよね……このメガネ」
ずり落ちかけたメガネを、人差し指で上げる。
「変じゃないよ。茜ちゃんはメガネも似合うんだなって思ったんだ」
「ほ、本当ですか!?」
茜はサッと顔を上げて、頬を染めながら翔太を見つめる。
メガネが似合うなんて言われたのは、初めてだった。
嘘でもお世辞でも、そう言われたら嬉しい。
けど、翔太は心からそう思って言ってるようだ。
「嬉しいです! 先輩がそう言うなら、私、やっぱりメガネにしようかな」
メガネの奥で、茜の瞳が輝く。
「ヘヘ、なんか照れるな」
翔太は頭をかいた。
茜の素直さと純情さは、翔太の心を和ませる。
千尋の可愛さとは違い、妹のように守ってあげたくなるような気分にさせられる。
鼻の下を伸ばして、ヘラヘラ笑っている翔太。
翔太を見つめながら、嬉しそうに微笑む茜。
教室前の廊下で、千尋はじっとその光景を見つめていた。
昨日の喧嘩で、すっかり落ち込んで、クレープの自棄食いまでして、翔太のことを思い一晩眠れぬ夜を過ごした。
今日は朝一番に、翔太に謝って、もう一度よりを戻そうと決心していた。
それなのに……。
翔太は、千尋のことなど気にもしてない様子で、下級生の女の子と笑い合っている。
千尋は、力を込めギュッと両手の拳を握りしめる。
千尋の心の中に、じわじわとジェラシーが沸き上がってきた。
抑えきれない怒りと悔しさが、
嵐のように吹き荒れてくる。
知らないまに、体が勝手に動いていた。
千尋は、まっしぐらに翔太と茜の元に走って行く。
言葉より先に、気持ちより先に、
千尋は手をあげていた。
「翔太から離れなさいよ!」
気付いた時には、力任せに、茜に平手打ちを食わしていた。
バシッという強烈な音とともに、茜の体が倒れ、それと同時に茜のメガネも吹っ飛んだ。