第二十話 やけクレープと後悔、そして……。
「うっ、うぅぅ……」
千尋は大輔の腕にしっかりしがみつき、通りを歩きながら、人目も気にせず泣いていた。
翔太と喧嘩し、翔太の前では泣きたくなくて、午後の授業中はずっと我慢していた。
授業が終わり、大輔と逃げるように教室を出たとたん、堰を切ったように涙が溢れ出てきた。
「ひっく、うぅぅ」
通りをすれ違う人々が、二人をジロジロ見ていく。
端から見れば、大輔が千尋を泣かせたみたいだった。
「……小笠原君と、別れない方が良かったんじゃない?」
大輔は千尋に腕を貸したまま、ぽつりと言った。
「何でよ! あんな奴、大嫌い」
「じゃ、何で泣いてるの?」
「分かんない! 分かんないけど、涙が出てくるの……ひっ」
流れた涙を拭こうともせず、千尋は泣きじゃくった。
「小笠原君のことが好きだからだよ。だから、新しい彼女が出来て許せなかったんだ」
「違う! 絶対に違う」
千尋は激しく首を振る。
「あたしが好きなのは、大輔君なの……そんなこと言わないでよ。あぁっ、うぅっ」
子供のように泣き続ける千尋を横目で見ながら、大輔は口元を弛めた。
「クレープ、食べてく?」
「……クレープ?」
千尋は片手で目をこすりながら、顔を上げる。
ずっと泣きながら歩いてて気付かなかったが、いつの間にか駅まで来ていた。
「悲しい時には、甘い物が結構効くみたいだよ」
千尋はいつも立ち寄るクレープ店を見つめ、黙って頷いた。
「……」
黙々とクレープを食べ続ける千尋を、大輔は唖然としながら見つめる。
クレープ店のテーブルに付き、千尋はさっきからあらゆる種類のクレープを食べ続けていた。
ただひたすら、クレープを食べる千尋。
大輔は、見てるだけで胸焼けしそうだった。
ストロベリーのクレープを食べ終えた千尋は、わき目もふらず次の抹茶ミルクにかぶりつく。
「……大丈夫、そんなに食べて?」
千尋は、店内のクレープ全部を食べてしまいそうな勢いだった。
「今日は全種類のクレープを食べるの!」
涙が乾いた血走った目で、千尋は言い放った。
「でも、バナナショコラだけは、絶対食べない!」
大輔は無言で千尋を見つめる。
まるで、やけ食いだ。いや、どう見ても完璧にやけ食いだった。
「言っとくけど、『やけ食いじゃないからね』」
大輔の心の声が聞こえたかのように、千尋は付け足した。
「私は振られたんじゃないの。私が翔太を振ったんだから! 今はクレープを食べたい気分だから、食べてるだけ」
念を押すようにそう言うと、千尋はまた黙々と食べ始めた。
大輔は、千尋をクレープ店に誘ったことを後悔し始めたが、
それで、千尋の気が済むならいいか、とも思う。
現に、千尋はクレープに夢中で、もう泣いてない。
「女の子って不思議だなぁ……」
小声で大輔が呟いたことも耳に入らず、千尋はひたすらクレープを食べ続けた。
「どうかしました? 先輩」
学校から駅までの道のりの間、翔太は何度もため息をついていた。
口数もやけに少ない。
「え……? 何でもないよ」
そう言いながら、翔太はまた軽く息を吐く。
千尋との喧嘩のショックが、まだ後を引いていた。
彼女に言ったキツイ言葉。言われた言葉。
傷つけられ、傷つけた心。
「先輩、今ので十二回目ですよ」
「は?」
「ため息の回数」
「あぁ……」
また、出てきそうになったため息を、翔太は押し殺す。
「……クレープ、食べる?」
駅に入ってすぐの所にある、クレープ店の看板を見ながら翔太は言った。
「クレープ、ですか?」
「安くて美味しいんだ」
翔太はクレープ店の前まで来て立ち止まる。
ガラスの扉を押して入ろうと手を伸ばした時、店内のテーブルに千尋と大輔がいることに気付く。
二人は向かい合って、クレープを食べていた。
正確には、食べていたのは千尋だけだったが、翔太の目には、二人が仲良くクレープを食べているように映った。
その光景を見たとたん、翔太の心の中で、何かがふっきれた。
「ごめんなさい……私、甘い物苦手なんです」
翔太の後ろから、遠慮がちに茜の声がした。
「あ……、やっぱ、今日はやめようか」
「先輩、いいんですよ。先輩は買って下さい」
「や、いいや。なんか、食べたくなくなったし、気にしなくていいよ」
翔太はくるりと振り向くと、茜を見てニコッと笑った。
「本当に良いんですか?」
「いいよ。行こうか」
歩き出した翔太は、茜の片手をふわりと握る。
「……!」
男の子と手を繋いだことさえない茜は、翔太の手の温もりに衝撃を受へた。
「せ、先輩!」
翔太に手を引かれ、茜はガチガチに固まり、汗ばんだ手で翔太の手をギュッと握り返す。
「付き合うって、付き合うって、こういうことなんですよね!?」
「ハハ、面白いな、茜ちゃんは。そんなに力入れなくていいよ」
「あっ、ご、ごめんなさい。慣れてなくて、力の入れ加減が分からないんです!」
顔を真っ赤にしながら、茜は翔太と手を繋ぎ、寄り添うように歩いていく。
そんな、茜を翔太は素直に可愛いと思った。
千尋以外の女の子に、初めて傾きかける心。
千尋との心の距離が、段々離れていきそうだった。