第十七話 返事は……?
「冷た……」
大輔の頭のてっぺんに、ポタッと一粒落ちてきた雨粒。
見上げた空は、いつの間にか黒い雲に覆われ、空から次々に雨粒が落ちてきた。
コンクリートの上に落ちた千尋のお弁当箱にも、雨の水滴が落ちてくる。
ひっくり返った弁当箱からは、千尋のお握りが飛び出していた。
大輔はかがんで、転がったお握りと弁当箱を拾った。
千尋は突っ立ったままで、じっと翔太の方を見つめている。
千尋と大輔に気付いた翔太も、じっとこちらを見ている。
大輔は、今まで何度も女の子から告白されてきた。
毎年、毎年、数え切れないくらい回数……。
けれど、
他人の告白シーンを見たのは初めてのこと。
見てはいけないものを見てしまった衝撃は大きい。
気まずい沈黙。
「……あの、教室戻ろうか。雨、降ってきたし──」
勇気を出して沈黙を破った大輔は、いきなり千尋に腕を組まれた。
「そうね」
一言そう言うと、千尋は大輔と腕を組み、一直線に翔太の元に歩いて行った。
「えーと」
近づいてきた千尋と目を合わせられなくて、翔太は視線を外す。
雨足は次第に速くなってきて、
三人の制服を濡らしていく。
「返事しないの?」
翔太の目の前で立ち止まった千尋は、唐突に言った。
「返事?」
「告白されたんでしょ?」
きょとんとする翔太に、千尋は続ける。
「あの子にちゃんと返事しなきゃ。付き合うか付き合わないか」
「付き合うか付き合わないか……」
少し動揺し、翔太は、オウム返しに言葉を繰り返す。
初めて告白されて、ちょっと良い気分に浸っていた。
それを、千尋に見られた、後ろめたいような気持ち。
「けど、僕は千尋と──」
「良いよ。あたしは、どっちでも。翔太が決めればいいんだし」
翔太に見せつけるように、千尋は大輔の腕を強く握った。
──翔太はあたしに夢中なんだから、他の子に告白されたって、きっと断る。
翔太が告白されたことに、ショックを受けながらも、千尋はまだ心に余裕があった。
翔太がどういうリアクションをするのか、確かめてみたい。
「行こう、大輔君。ずぶ濡れになっちゃう」
千尋は大輔の腕を引っ張り、翔太を残し歩いていく。
大輔は、翔太を気にしつつも、千尋と共に屋上を出ていく。
翔太は、しばらく雨の中に立ちつくしていた。
──告白の返事。
強まる雨足で、翔太の髪は、シャワーを浴びたみたいに濡れていく。
髪の毛からは、ポタポタと雨の滴が落ちてきた。
それを気にすることもなく、翔太は千尋に言われた事を考えていた。
茜は、翔太の返事を聞くこともなく走り去って行った。
翔太に告白出来ただけで、満足してたみたいだった。
茜に悪い印象は受けなかったが、付き合いたいと思うほど心は動かなかった。
会ったばかりの女の子に、好き嫌いの判断は下せない。
翔太は、フーッと長いため息をつく。
──別に彼女って訳じゃなくて、友達なら良いよね。千尋だって、望月君とは友達なんだ。 翔太は自分に自分で言い聞かせる。
──僕と千尋は別れた訳じゃない。
翔太はようやく答えを見つけ、ひとまずホッとする。
安心したとたん、急に寒さを感じ始めた。
強い雨は、容赦なく翔太を叩きつけ、ブレザーの下まで染みわたってきた。
全身がブルブルと震え出す。
「ハックション!」
翔太は大きなくしゃみをすると、大雨の中を走って行った。
次の日。
翔太は、火照った顔で目を覚ました。
体中が熱くて、汗ばんでいる。
体温計で測ってみると、熱が三十九度近くになっていた。
濡れたままの制服で、午後からの授業を受けたため、本格的に風邪をひいてしまったらしい。
翔太は、珍しく学校を休み、薬を飲んで一日中ベッドに横になっていた。
初めて一人で風邪をひいた。
今までは、風邪をひくのも千尋と一緒だった。
学校を休み、一緒に病院に行って、同じ薬を飲んで、
家に帰ってからは、ずっとメールのやり取りをして過ごした。
体調が悪くても、千尋とメール交換してると気分が晴れてきた。
今は、一人。
千尋からのメールは一通も来ない。
昨日から降り出した雨は、今日もまだ降り続いている。
家族は仕事に出かけて、家には翔太一人だった。
翔太は雨音を聞きながら、一人ベッドに横たわっていた。
夕方になり、熱は大分下がってきたが、まだ頭はぼーっとしていた。
翔太が雨の音を聞きながら、まどろんでいると、
突然、玄関のインターフォンが鳴った。
しばらく無視していたが、インターフォンは何度も鳴り響いた。
「誰だよ……」
仕方なくベッドから起きあがり、翔太は重い足取りで玄関に向かう。
「はい」
インターホフォンを取り、低い声で返事する。
返事は帰ってこない。
「……誰ですか?」
無愛想に聞きなおしても、聞こえてくるのは雨音だけ。
翔太が受話器を置こうとした時、
雨の音に混じって、小さな声が聞こえてきた。
「あ、あの……河合茜です」
「河合茜さん……?」
「はい! 茜です!」
受話器を握ったまま、ポカンと口を開けた翔太の耳に、
今度は大きな声が響いてきた。