第十五話 初めての告白
靴箱の陰に隠れ、茜はじっと翔太が来るのを待っていた。
今日は陰に隠れてばかり。
けれど、まだ、面と向かって翔太と話す勇気はなかった。
──小笠原先輩、遅いなぁ……。
授業が終わると真っ先に、二年二組の靴箱に駆けつけてきたが、翔太はなかなか現れなかった。
もう一時間近く待っている。
茜の視線の先は、二年二組小笠原翔太の靴箱。
今日の授業全てを潰して、翔太に手紙を書いた。
手紙といっても、ノートの切れ端に書いたメモ書きのようなもの。
『明日の昼休み、屋上に来て下さい。
一年一組 河合 茜』
たったそれだけの言葉。
それを書くのに、書いては消し、書いては消し、
消しゴムで消しすぎて紙が破れ、また新しくノートに書き直す。
それの繰り返しだった。
授業中はずっと翔太のことを考え、勉強どころではなかった。
──小笠原先輩に告白する!
どうやって告白するか、様々なシチュエーションを頭の中でシミュレーションしては、ポッと顔を赤く染めたり、ドキドキしたり、にやついたり。
端から見れば、かなり危ない子に見えただろうが、茜は完全に自分の世界に入りきっていた。
『告白』と言えば、好きな人の靴箱に手紙を置いて、屋上に呼び出し告白する。
ベタベタなシチュエーションだが、茜にはその構図しか思い浮かばなかった。
靴箱に手紙を置き、そのまま帰っても良かったが、翔太が手紙を受け取ったかどうか、確かめておきたかった。
明日のことを考えると、心臓が爆発しそうになる。
今夜一睡も出来ないことは確実だ。
二年二組の靴箱に誰かが来るたび、茜はビクッと身を縮め、
翔太じゃないと分かると、半分ガッカリし半分安心する。
その繰り返しをしていた。
──もしかして、今日早退したのかも……。
茜が諦めかけ、ぼんやり天井を見上げていた時、
足音を響かせながら、ゆっくりと歩いてくる翔太の姿が見えた。
鞄を肩にかけ、疲れ気味の顔で靴箱に手を伸ばす。
その様子を目にしたとたん、茜は両手で口を覆った。
翔太の姿を見て、今にも叫び出しそうだった。
「ん……?」
翔太が何気なく靴を取った瞬間、ハラリと何かが落ちてきた。
紙くずかと思い、翔太はそのまま丸めて捨てようとした。
「ぐぎぁっ!」
突然、断末魔のような奇声がして、翔太はビクッとする。
キョロキョロと辺りを見渡すが、まわりには誰もいなかった。
茜は自分の口を手で押さえ付け、柱にピッタリくっついて身を隠す。
あれほど苦労して書いた手紙。
翔太が、それを読まないまま捨ててしまおうとするのを見て、
思わず、声にならない声が出てしまった。
彼には紙くずにしか見えないとしても、茜にとっては命がけの手紙なのだ。
「……気のせいか。疲れすぎて、幻聴聞いたのかな」
相変わらず、千尋はクラス委員の仕事をしない。
翔太は千尋に声さえかけられないまま、自分一人で仕事をこなしていた。
「あれ、何か書いてある……」
くしゃっと丸めたノートの切れ端に、翔太は文字を発見する。
そのまま広げてみると、丁寧で綺麗な文字が書かれていた。
「明日の昼休み、屋上に来て下さい。一年一組 河合 茜……?」
声に出してメモを読み、翔太は首を傾げる。
名前に心当たりはない。
一年の知り合いは、ほとんどいなかった。
──誰? 間違いかな?
翔太が不思議に思っていると、翔太の視界の端に、ものすごい勢いで走っていく女生徒の姿が映った。
顔を向けると、髪を振り乱しスカートを翻して、まっしぐらに走り去っていく女の子の後ろ姿。
短距離走の選手かと思うくらいの、凄まじい速さだ。
唖然として見送っているうちに、彼女の姿は見えなくなった。
それがメモを残した本人だとは、もちろん翔太は気付かなかった。
「何の用だろ……?」
見知らぬ生徒からの呼び出しに、翔太は困惑する。
まさか、本人が翔太に告白しようと思っているとは、思いも呼ばない。
だが、多少興味を惹かれる。
「一年一組 河合 茜……」
翔太は紙切れを、ズボンのポケットにしまった。
翌日。
昨日の晴天とはうって変わり、空は雲に覆われ、少し強めの肌寒い風が吹いていた。
屋上でお弁当を食べるには、ちょっと寒い。
けれど、千尋は大輔を誘って、今日も屋上の定位置でお弁当を食べていた。
ここなら、大輔と二人きりになれるし、翔太のいる教室にはいたくない。
「はい、大輔君。お握りどうぞ!」
千尋はニッコリ笑って、大輔に特大の特製お握りを差し出す。
「あ……どうも」
今日も大輔は断り切れず、お握りを受け取る。
「今度は、野沢菜と鮭を入れてみたの」
「ふ〜ん」
パクッと大輔がお握りにかじりついた時、パタンッと勢いよく屋上のドアが開いた。
「あ……」
ドアの方に視線を移した千尋は、驚きの声を漏らす。
そこには、昨日、教室に来た女の子が立っていた。
彼女は、真剣な顔をして、緊張気味に屋上の隅の方へと歩いていく。
千尋と大輔がいることには、気付いていないようだった。
ただ一心に、フェンス目指し歩いている。
フェンスまで来ると、フーッとため息をついて、フェンスにもたれかかった。
何か思い詰めたような、険しい表情をして、フェンスの向こうを見つめている。
「彼女、知り合い?」
じっと茜を見つめている千尋に、大輔は聞いた。
「え……? ううん」
千尋は首を振ると、お弁当を広げる。
「……なんか、やばくない? 彼女」
大輔は、フェンスにもたれかかっている茜に目をやる。
「え?」
「飛び降りたりしないよね」
「まさか」
千尋は軽く笑った。
翔太のことを好きで、名前を聞きに来た彼女が、自殺などするはずがない。
好きな人がいるのなら、死にたいとは思わないはず。
「けど、なんか、すごく真剣な顔してる」
冷たい風にさらされ、じっと一点を見つめている茜は、見ようによっては、人生を悲観し死を覚悟した少女のようにも見える。
「そんなことないよ」
笑顔混じりに千尋が答えた時、屋上のドアが再び開けられた。
「あっ……!」
ドアから出てきた人物を見て、千尋の顔は強ばった。
お弁当のフォークを握りしめたまま、千尋は彼にくぎ付けになる。
そこには、翔太が立っていた。




