第十四話 微妙な心
ピンク色のケータイの待ち受け画面を、千尋はぼんやりと眺めていた。
今日も昼休は、大輔を連れて屋上の定位置でお弁当を食べている。
白い雲の浮かんだ青空から、少しきつい春の光りが降りそそぐ。
時折吹き抜ける風が、火照った体に心地良い。
「弁当、食べないの?」
隣りに座る大輔が聞く。
千尋はお弁当箱の蓋を開けたまま手をつけず、ケータイを見ていた。
「あ、うん。食べる」
待ち受け画面は、今も翔太の顔。
変えようかと思ったけど、そのままにしていた。
目一杯の笑顔で笑っている翔太。
千尋はパタンとケータイを閉じた。
「見て、見て、大輔君。この前撮った写真貼ってるの」
ケータイに貼ったプリクラを、千尋は大輔に見せる。
無表情な大輔と緊張気味の千尋のツーショット。
「ふ〜ん」
ハート型のお握りをパクつきながら、大輔はチラッと写真に目をやる。
勝手に写真を撮られ、至る所に勝手に写真を貼られることは、今までもしょっちゅうあった。
写真の大輔は、いつも同じ無表情な顔で写っている。
写真を撮られることは好きじゃないが、断っても女の子達はパパラッチ並に勝手に写真を撮る。
大輔は半分諦め、撮られるままにしている。
「お握り、美味しい?」
千尋手作りのハート型お握り。
お昼は缶コーヒーだけだった大輔だが、半ば強引に千尋からお握りを手渡された。
「うん、海苔がパリッとしてて」
大輔は、パリパリいわせながら、海苔を頬張る。
「えっ、海苔? 海苔じゃなくて中のシーチキンマヨは? あたしの手作りなのよ」
「あ、うん」
大輔は返事に困り、モグモグとお握りを噛みしめる。
お握りなら、何も入れない海苔だけのプレーンが大輔の好みだった。
「今度は、別の具を入れてくるね」
大輔はようやく大きめのハート型お握りを食べ終わり、ホッとして缶コーヒーに口をつける。
「あの」
片手にケータイを持ったまま、フォークでお弁当を食べている千尋に、大輔は声をかける。
「何?」
「小笠原君と喧嘩でもしたの?」
「え……?」
「最近、口も聞かないし、避けてるみたいだからさ。ちょっと前までスゴク仲良かったろ。婚約者だって言ってたし」
千尋は口を動かし、ゆっくりとご飯を飲み込む。
「別に、避けてなんかないよ……ただちょっと、距離を置いてるだけ」
丸いフォークを軽く口で噛む。
「ふ〜ん」
大輔はそれ以上聞かず、黙ったままゴクゴクとコーヒーを飲んだ。
「あたし、今は大輔君と一緒にいる方が楽しいの」
千尋は、コーヒーを一気飲みしている大輔を見つめる。
今のところ、他の女子達から大輔を奪って独り占めしている。
大輔も千尋と一緒にいることを嫌がったりはしない。
けれど、
それ程、楽しんでいるようにも見えなかった。
缶コーヒーを飲み終え、満足そうにフーッと息を吐いている大輔を、千尋は恨めしげに見つめた。
そういった何気ない仕草さえ、大輔は絵になる。
「ただ、ちょっと」
コーヒーの缶を弄びながら、大輔は口を開いた。
「小笠原君、元気ないからさ。気になった」
「……」
翔太がしょんぼりしているのは、千尋も気付いている。
急に千尋が心変わりしたのだから、当然のことだろう。
千尋は、片手に持つケータイに目をやる。
今までは、翔太から毎日何度もメールがきて、電話も何度もかかってきた。
何十回もくるメール。
鬱陶しいと思ったことなんかなくて、
いつも楽しみにしていた。
でも、今はメールも電話も全くない。
──あの子、誰だろう……?
翔太の名前を聞きに、クラスまでやってきた女の子。
彼女がいるかどうかまで、聞いてきた。
知らなかったとはいえ、千尋に聞いてきたのには驚いた。
──翔太のこと好きなわけ……?
千尋と翔太は、今までずっといつも一緒にいたから、
他の男子や女子が二人に告白してきたことは、一度もなかった。
心の中では思っていたとしても、
公認のカップルの千尋と翔太の仲を裂いてまで、アタックしてくる子などいなかった。 今でも二人がラブラブなら、翔太に迫る他の女の子など、千尋は絶対許せないと思った。 でも、今は立場が微妙。
別れている訳じゃないけれど、
ラブラブカップルじゃない。
それに、千尋は大輔に夢中になっているのだから……。
──もし、あの子が翔太に告白しても、翔太はあの子を好きにならないわ。
翔太は今も千尋に夢中。
他の女の子など好きになるはずはない。
千尋には自信があった。
それはちょっとばかり、身勝手な自信かもしれないけれど……。
「大輔君」
千尋は折り畳んだケータイをパカッと開ける。
「メアドとナンバー教えて」
ニコッと笑って、大輔を見つめる。
「あ、俺、今、ケータイ持ってないから」
「え〜! マジ?」
「苦手だし……持ってなくても生きてけるし」
信じられないという顔で見つめる千尋に、大輔はサラリと答える。
この春からケータイは持たないことにした。
おかげで大輔は、メールとコールからようやく解放された。
ケータイのない暮らしの快適さに、大輔は最近ようやく気付いてきたところだ。
「なんだ、つまんない」
千尋は軽く吐息を吐くと、ピンクのケータイをブレザーのポケットに閉まった。